2009年8月15日土曜日

同窓会

今日は母校高校の同窓会だった。
行く前は、正直、面倒だった。2時間の運転は決して楽ではない。普段一車線しかない田舎国道を走っているので、西脇市を出た途端に二車線になるR175は、そのまま二車線かと思えばまた先細ったり・・・それでも三木市、神戸市西区までは我慢しよう。
垂水区の県道の走りにくいこと。
出たのが早朝だったので、今朝は走りやすかったが、帰路は案の定路上駐車でムカつく。
実家で正午まで母とだべって、お別れ。
垂水のコープの地下駐車場に入る。どう言う素材を使っているのか、無駄にタイヤの音が悲鳴の様に響く床。まるで乱暴運転してるみたいじゃありませんか?こっちは超低速で車庫入れしているだけですよ。

会場には、1時間半も早く着いてしまった。場所の確認だけして、別の場所で時間をつぶそうと、エレベーターに乗ってホテルの5Fに着いたら、もう受付が・・・
名簿のホッチキス留めだけお手伝いしました。(幹事のふり)

お腹ぺこぺこだが、食べようとすると話しかけられるので、食べられない。
握手もするし。
でも、なんだか我慢出来る。
在校中は目立たない生徒だったので、誰も思い出さないだろうと思っていたのに、案外声をかけてもらえて嬉しかった。
女子はほとんど名前と顔が結びつくのに、男子はわからない人が多い。
頭髪はともかくとして、顔が・・・丸みを帯びてしまった人が多いこと。
でも、それが生活苦でない証拠か?(笑

恩師。1年の時の担任F先生が鬼籍に入られたのは残念。かなり早い時期に逝ってしまわれたのは知っていたが、やはりこう言う場にいらっしゃらないのは哀しい。
来られなかった人、物故者となった友人、それぞれに思いを馳せて全員で黙祷。
国語の先生が随分縮んでしまわれた。若い頃も細い方だったが、すっかりお爺さんに・・・。
確か、私たちと同年齢のお嬢さんがおられたはずだが?
日本史の先生が、1年しか教わっていなかったのに、私を覚えてくださっていた。これは驚き。問題児ほど記憶に残ると言うが・・・?
数学の先生も杖をお供にされていた。奥様はお元気ですか、と尋ねたら、翁媼でお陰様で健在です、と仰った。奥様は、私の小学校2年の時の担任だ。
驚いたのは、学年主任のM先生。80になると仰ったが、とてもそうは見えない。30年前そのままのお姿ではないか。ご挨拶された口調も、かつてのまま。あの先生は魔物なのか?
担任は一番若かったので、今回も唯一の現役教師。ちょっとおでこが成長なさいましたね。
私たちに「早く50代になって仲間になれ」と仰って、教え子一同から笑いと顰蹙を買う?

校歌の斉唱は、予想以上に記憶していて、自分で驚いた。感無量。

二次会には出ずに帰ることにして、神戸駅のホームにいると、担任と名前を思い出せない先生(多分、H先生?)が来られた。挨拶すると、名前のわかない先生は担任に「ごゆっくり」と言って、別の車両へ。
担任と同じ電車。当然、お話する。
先生は吊り輪を持たれているが、私の位置の吊り輪は高く、手が届かない。仕方がないので、「昔取った杵柄」で、何にも掴まらずに立つ。先生の前でよろめいてたまるか!
しかし、JRは阪急より揺れる。
先生は現在勤務されている学校のお話などをされた。今の生徒はどうですか、と尋ねると、勤務地の生徒たちは進路の目標を定めて入ってくるので、教えやすいとのこと。
先生がモンスターペアレントやその子供たちに悩まされませんように。

あっと言う間に過ぎた二時間半。

また会えるといいね♪

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