2008年4月6日日曜日

参道

森の中のキャンプ場へ行った時のことだ。
夕食の支度まで時間があったので、仲間から離れて一人で散策を楽しんでいたら、山道から逸れるような細い道を見つけた。獣道ではない。綺麗な石畳だった。
なんだろう?
石は丸みを帯びた三角で交互に並べてあった。魚の鱗みたいに。
歩き出してすぐに気が付いた。その道は中央が少し盛り上がって左右に下がっている。
進むほどに、また気が付いた。中央が高くなり、ギザギザの石が立てて並べてある。こんな狭い道に中央分離帯か?
石畳の石がだんだん大きくなり、ギザギザも三角形になって大きくなる。

こ、これは、もしや・・・

道がピクピクと動いた。
そしてずっと前の方で声がした。

「くすぐったいから、降りてくれないか。尻尾だって敏感なんだぜ。」

2008年4月5日土曜日

ヴィトンの財布

出張で大阪に出た時、心斎橋で財布を拾った。ヴィトンの財布で二万円入っていた。近くの交番に届けて手続きして、帰った。
夜になって、警察から電話が掛かってきた。落とし主が現れて、礼を言いたいそうなので、こっちの電話番号を教えたと言う。そうですか、と言って、見つかって良かったですね、と電話を切った。暫くして、若い男性の声で電話が掛かってきた。財布の落とし主で、是非直接会って礼を言いたいと言う。電話で結構です、と言ったが聞かないので、それでは、と自宅の最寄り駅だけ教えた。
 翌日。
 大阪からここまでバスで二時間、電車でも山陽本線とローカルを乗り継いで3時間だから昼には着くだろう、と思ったが来ない。いらいらして一日待つだけでつぶれてしまった。
 考えたら、二万円ぽっちで、こんな田舎まではるばる来ることはないのだ。当人も馬鹿らしくなって止めたのではないか。こっちも一割の礼が欲しくて届けたのではないし、電話で既に丁重な言葉を聞いているのだから十分だ。そう思って夜になりかけた頃、彼はやって来た。
 綺麗な目をした若者だった。遅れたのは、彼のせいではなく、彼が乗るべき電車を尋ねた大阪駅の駅員が、山陽本線ではなく、福知山線を教えたので、ぐるっと京都方面を回って大回りで来てしまったからだとわかった。
 彼は菓子折を差し出し、何故こんな遠方までわざわざ出向いて来たか、その理由を語った。
「嬉しかったのです。」
と彼は言った。彼は海上自衛隊の潜水艦勤務の隊員だった。財布は彼の就職祝いに彼の祖母が贈ってくれた物で、祖母は亡くなってしまったので、大切な形見なのだと言う。久々の休暇で大阪に出て遊んでいたら落としてしまい、すっかり意気消沈していたが、交番に行くと届けられていたので感激したのだと。
 それから数年、彼は季節季節の故郷の特産品を送ってくれた。もう十分だからと丁重に断りを入れた後は年賀状だけの付き合いになったが、いつも丁寧な挨拶をくれる。
 今でもこんな若者がいるのだ。人を愛することを本当に知っている若者が潜水艦に乗務している。

教えて神様

教えてください、神様。
「花は万人から愛される存在」ではないのですか?
バラや桜は愛されるのに、どうして私は憎まれるのですか?
私は、ただ子孫を残す為に、他の植物と同じように花を咲かせているだけなのに。
神様、教えてください。
私はどうすればいいのですか?
  
 杉

2008年4月3日木曜日

この世の全て

朝目覚めてベッドから出て服を着るとバスルームで顔を洗い、部屋を出た。朝食は何にしようか。
 クルマに乗って走り始めた。すぐにガソリンが残りわずかだと気づき、ガソリンスタンドに入った。自分で給油する。この店はまだ大丈夫な様子。
給油が終わったら、スーパーに直行。
 果物コーナーでグレープフルーツを取り、パンと牛乳、コーヒーもゲット。
 食事を済ませると、本屋に行き、読みかけの本を一時間ばかり立ち読みした。それからヴィデオ屋に行き、店のテレビで「ライジング・サン」を鑑賞した。ショーン・コネリーの声が懐かしい。
 家で見る為のヴィデオを数本クルマに積む。
 次に洋品店で新しい服と下着を仕入れ、昼食の為にファーストフード店に行った。
 自分でハンバーガーを作り、焼いて食べた。
 携帯電話ショップ、旅行代理店、ギフトショップ。 かつて楽しかった店が今はちょっと空しい。
 夕食の材料として牛肉と野菜を手に入れた。肉はともかく、新鮮な野菜はあといつまでだろう。畑を耕すことを覚えた方が良いかもしれない。
 家路につく。どこかで「夕焼け小焼け」が鳴りだした。かつて子供たちに帰宅を促す為に流されていたメロディだ。
 もう子供たちはいない。
 親たちもいない。
 年寄りもいない。
 いるのは私だけだ。
 私が最後の人間。
 そして、何故か電力供給だけはコンピュータが正常に動いているらしくて、私は暮らしていける。肉も魚も冷蔵システムが正常に動いている限り、私は不自由しない。ガソリンも着る物も、この世に残された物は全て私の物になった。宝石もお金も、全部私が自由に出来る。

 だから? それでなんだって言うの?

2008年4月2日水曜日

時代屋

 時代屋って知ってる?
 ショッピングプラザ西館の地下にあったの。ちょっと不利な場所だった。
ショッピングプラザの地下って、東館の海側通路が一番賑わってるでしょ、昔も今も。ガラス張りの大きな窓付きのお洒落なレストランとか、カフェとか、ケーキ屋とかが入ってて、若い人や家族連れが多いよね。
 それから、東館の山側通路。こっちは間口が狭い店が多いけど、凝った料理で勝負してるね。客も冒険する気分だったり、通ぶったりする人が多い。
 大概の客は、東館通り抜けたら、連絡通路の広場でエスカレーターに乗って地上に上がってしまうでしょ? 
 西館は地味なんだよね。海側、そこそこ客があるけど、お店は和食系が大半で若い人は通り過ぎちゃう。客筋が年配の人中心になるから、店も地味な装飾だったりする。
 山側はもっと地味。お店も食べ物屋じゃない所が多いから、客も常連しか来ないのね。漢方薬店とか小物屋とかね。
 時代屋さんは、その西館の山側通路にあったのよ。連絡通路広場のエスカレーターの裏っかわ、山側通路に入ってすぐの所。間口の狭いお店で、うっかりすると見過ごしそうなほど小さい店だったけど、見過ごせなかったね。だって、ほら、とっても良い匂いがしてたもの。
 え? 何の店かって?
 時代屋さんは、カレー屋さんだったの。辛いカレーと甘いカレーとハヤシライスだけ出してた。10人座ればいっぱいのカウンターと、2人掛けのテーブルが三つだけの小さな店。壁に貼ってあったのは、昭和20年代から30年代の映画のポスター。流れていたBGMは、昭和の古いアメリカンポップ、店に置いていたタバコはゴールデンバットだけ。小物類も昭和の匂いムンムンだった。
 お店を切り盛りしていたのは、意外にも若い女性二人で、バーテンダーみたいな黒い服着てネクタイしてた。
 タイムスリップしたみたいなレトロなお店だったんだ。
 いつの間にか消えてしまってたけど。惜しいな、と思う。
 だって、カレーライス、とっても美味しかったんだもの。

2008年3月31日月曜日

セカ

 セカは瀬尾香里のあだ名で、性格も結構せかせかしていたから、同級生たちは彼女をそう呼んでいた。なんでもやることが早い子だった。朝登校するのは一番乗り、テストをやってしまうのも、駆けっこもいつも一番、先生に言われた用事を片づけるのも一番、下校も一番だった。セカの家はお父さんが戦死したので、セカはお母さんを手伝って家事をして弟妹の世話をした。だから、同級生と遊ぶ時も、少しだけで、夕方は早く帰ってしまった。
「セカは、頭がいいから、何でも早く出来るんだよ」
と先生は言っていた。
「だけど、もう少しのんびりさせてやれないものかな」
 みんな、頭が良いセカは高校へ行ってもっと勉強するものと思っていた。だけど、中学を卒業するとすぐに彼女はお嫁に行ってしまった。夫となった人は年輩でお金を持っていた。セカは実家を助ける為に嫁に行ったのだと、同級生たちは同情した。
 みんなが高校生活を楽しんでいる頃、セカは母親になって毎日忙しく働いていた。なんでも、夫には亡くなった先妻との間に既に二人も子供がいて、その世話もしていたと言う。
 同級生の誰かが大学まで行き、別の誰かが結婚した。お祝いを持ってきたセカは、「私、お祖母ちゃんになるの!」と言って笑った。義理の子供が結婚したのだと言う。
「いくらなんでも、ま早すぎるじゃない」と言ったら、「そうかな」と言って、また笑っていた。
「だけど、私、毎日楽しいもの。そのうちのんびりさせてもらうわ。」

 古希の祝いを兼ねて同窓会を開いた。卒寿を迎えた恩師も健在で出席してくれた。
「みんな、元気でなによりだ」
と先生は笑ったけれど、席が一つだけ空いていた。だけど、そこにもみんなは料理を並べた。

 30代前半で逝ってしまったセカの席だった。

「何を急いでいたんだろうね」
「短いって知っていたから、急いだんじゃない?」
「きっと今頃はのんびりと上からここを眺めて笑ってるわよ」

2008年3月30日日曜日

覚えてる?

「あの草むら、覚えてる?」
「なんだっけ?」
「2年前、むっちゃんが殺された所」
「・・・」
「学校の帰りに、むっちゃんがいなくなって、探したら、あそこで死んでたんだ」
「ああ・・・でも、もうその話・・・」
「手を縛られてさ・・・」
「知ってるから・・・」
「服脱がされてて・・・」
「止めてよ」
「顔、石で殴られて滅茶苦茶で・・・」
「止めてって、言ってるでしょ!」
「犯人、まだ逃げてるんだ」
「誰だかわからないのよ」
「覚えてるよ」
「何を?」
「右腕に蛇の刺青があるの。コブラかなぁ」
「何の話?」
「石を振り上げた時、袖が下がって、見えたんだ、コブラ」
「だから、何の話してるの?」
「覚えてるよ、私。目がつり上がった、あの男の顔。パーマかけててさ」
「カヨちゃん?」
「私? むっちゃんよ」
「!!!」

 恐かった。夢中で走ってその場を離れた。カヨちゃん、どうしちゃったんだろ? 冗談にしても、質が悪すぎる。
 次の日、カヨちゃんは普通だった。草むらの話なんか覚えていなかった。
だけど、あの夕方の話が頭から離れなかった。下校時、公衆電話から警察に電話をかけた。自分で何を喋ったのか、よく覚えていない。ただ、カヨちゃんが喋った刺青の話をしたんだ。お巡りさんが信じてくれたかどうか、知らない。名前を聞かれて、我に返り、電話を切ったから。

 むっちゃんを殺した犯人は、一月後に捕まった。右腕にコブラの刺青があったんだって。
 むっちゃんのお母さんが、「三回忌に間に合って良かった」って泣きながら言ってた。