2009年2月16日月曜日

糀屋稲荷 奥宮

稲荷らしい赤鳥居を発見。奥宮への参道だ。
神苑から入っていく。




階段の段差が低いので、二段ずつ登って行く。野鳥の囀りが聞こえ、この鳥居の参道だけが鬱そうとした感があり、神社らしい雰囲気。




千本鳥居を見下ろす。




木の鷹神社。 小さな社殿とアンバランスな横に幅広の赤鳥居。




奥宮。ここにも狐はいない。




奥宮を横から撮影。石垣の地衣類がオレンジ色をしている。




帰りはゆるゆるとした階段。
左側の杜はもう完全に伐採されて町まで見通せる。鎮守の森はもうないのか?
枯れ草の中に直径1mを越える巨大な切り株がいくつか見える。
「近づいてはいけません」と書かれた看板が数枚、草むらなどに放置されている。
杜が残っていたら、もっと素敵な神社だったに違いないと悔やまれてならない。

2009年2月15日日曜日

糀屋稲荷 彫刻集

糀屋稲荷の狛犬は大鳥居や参道の石灯籠と一緒に最近立てられたと言う。
それにしては、ほどよく苔むしていた。昼間の日差しが強くて綺麗に撮影出来なかったのが残念。




この顔はちっとも怖くないなぁ。
狛犬 阿さん。目と口に青い色。




狛犬、吽さん。愛嬌のある顔だが、完全に逆光で、どこから撮影しても顔は暗く写ってしまった。これが一番ましな画像。目と唇に青が塗ってある。




拝殿の絵馬。新しいものだろうか。 拝殿はガラス戸で、ちょっと興醒め。
左側にも絵があるが、こちらは古いのか、不鮮明だった。




本殿の彫刻が素晴らしい。他の神社にも優れた作品があるが、ここの作品は魅力的だ。
神社の境内が面白味が少なかった分、彫刻が引き立って見えるのだろうか?
本殿右側の亀。 もしかして玄武?




これは白虎と象なのかな? 躍動感が溢れている。
(幽黙先生から、白虎ではなく麒麟だとご指摘がありました。麒麟と言えば麒麟麦酒のラベルしか思い浮かばないからなぁ・・・^^;)




象の像。




龍。 なかなか迫力がある。青龍だろうか。




本殿左側は、鶴。羽根や脚の輪模様など、細かい。玄武、白虎、青龍と来たら、これは朱雀だろうか。しかし、どう見ても鶴だなぁ・・・



四神には関係なく、鶴亀のようだ。

糀屋稲荷 ご神木と変なもの

随神門をくぐると、右側の境内社のそばに生えている大きな楠が目に入った。




随神門の左前に巨大な杉の木があった。幹の直径は1メートルあるだろうか。
まっすぐに伸びた素直な杉だ。 周辺の杜が伐採されていて残念だが、そこにも同じクラスの木の切り株がたくさんあった。





思いっきり境内の端っこに行っても、カメラの中に収まりきらない。




葉っぱが遙か上にある・・・




奥宮から見たご神木。周囲の樹木と比べても背が高い。




ご神木の根元の模様?が美しい。




明治37年奉納の砲弾。日露戦争のものか?




最後は奥中の観音寺。多分、観音像に値打ちがあるのだろうが、お寺の中に入るのは好まなかったので、外だけ見る。神社と違って寺院にはあまり興味が湧かない。
お堂の外に、無事蛙と可愛らしいお地蔵さんがあったので、それだけ撮影した。
どちらも新しいもので、骨董品ではない。







サギと言う鳥は、人が車内にいる時はどんなに近づいても逃げない。
しかし一旦車外に出ると、すぐに逃げてしまう。
たまたま道ばたの小さな池にいたのを、気がついたら数メートルの距離まで接近していて、その鳥の大きさに驚いた。そばの畑で老人が作業していたのに鳥も平気そうだったので、カメラを持って降りたら逃げられた。
写真は国道沿いの大きな池の向こうに降りたのを撮影したもの。

2009年2月7日土曜日

早朝の風景

お天気が良かったので、日が昇る前にやって来た。
式内社 天目一神社である。
背後の国道から撮影するのがベストショットだと思っているが、交通量の多い国道で立って撮影するのはアホであると、わかっているので、農道から撮影する。
霧に包まれた姿を一度だけ見たことがある。幻想的で美しかった。
あのショットを撮りたかったが、ふいごの神様は風の強い場所に鎮座されている。
周囲が霧で霞んでいても、この神社だけはっきり見えている方が多い。

This morning we got good weathers and I visited Ame-no-ma-hitotsu Shrine again.




日が昇る前の天目一神社拝殿。

The front shrine before the sun rising.




竹の山。 この辺りは古代の鋳鉄所があり、祭祀跡も残る。さらに時代が下って戦国時代の山城の石も残っている。遺跡だらけ。
この谷間を通るR427を走ると、丁度このあたりだけ携帯が圏外となり、FMラジオも途切れる。山の地形がかなり電波を妨害しているようだが、何故か神社にはふさわしい現象に思える。





遂に天照大神が山の向こうからお顔を・・・

Amaterasu the goddess of the sun appeared from behind the mountain.




遂に社殿に朝日が降り注がれた。
社殿の材木の表面が赤く光って美しい。写真に巧く表現出来ないのが口惜しい。

Shrines are in the morning sun.




拝殿の奥まで日が差し込む。日の本の国の神殿らしい風景。




狛犬さんにも日が当たる。




北側の境内社はまだ日陰だったが、南側の小さな神社には朝日が当たっている。
この神社のお賽銭は、ずっと手前の田圃の縁に置かれたお皿に入っていた。

The small shrine at the Ame-no-ma-hitotsu's yard.




神様の名前を書いた立て札も朝日で赤く染まっている。

The signboard of gods' names also looked red in the morning sun.




本当は、鳥居の向こうに太陽が昇るのを撮りたかった。あの方角に日が昇るのは何月だろう?
それにしても、この空間は広い。




車に戻ろうとして、渡り廊下の格子越しに太陽が見えるのに気がついた。




日出ずる国の神殿・・・

The shrine in the country of the rising sun.




小坂の春日神社。
毎日見ていた鳥居を初めて間近に見た。
注連縄が美しい。
正面から撮ろうと思ったが、もっと綺麗な写真を掲載したブログを幽黙さんがアップされているので、遠慮する。
それに人通りが出て来て、あまり人目に付きたくなかった。

Another shrine is Kasuga Shrine.




拝殿から随神門と土俵。
とても広い空間である。だが周囲の森の木が大きいので、太陽が低い季節には日が差さない神社だ。夕刻は早く暗くなるので、車で前を通っても、この広い空間に気づかなかった。
境内の地面には箒の跡が綺麗に残り、踏むのをためらわれたので、端っこを歩いた。

A wide space in the front of the shrine.




大きな木が倒れていた。苔むして宿り木なのかその木の枝なのか、葉を茂らせた小枝が幹から出ていた。
立木を貫いて茂っている様に見えるが、あれは立木の枝。それでも、あの倒木にはまだ命があると思える。




境内の至る所に石が置かれている。どう言う意味があるのだろう。

Wondering the reason why those stones were put there.




新聞にも載っていた、がまかつが奉納した白鹿の剥製。
聖域たる神社にちょっと生々しい奉納物だ。

A white deer which was stuffed.
I didn't like it. It looked bad to this sacred place.




鳥居越しに山を撮影すると、ご神体っぽく見える。




春日神社から少し北側へ行くと西仙寺と言うお寺があり、道路の反対側には杉原川とそこに架かる橋がある。
西仙寺の前の杉原川には鴨が朝靄の中で浮かんでいた。

Wild ducks on the Sugihara river in a fog.

















最後は西安田の圓満寺へ。
予定になく、ふらりと立ち寄ったのだけど、途中で曲がる方向を間違え、小さな神社の前へ。
後で家に帰って調べたら大歳神社だそうだ。最近建て替えたらしく社殿は新しく、境内は整いすぎている。太鼓蔵があり、中にはきっと蒲団太鼓が入っているのだろう。

This is the Torri the gate of the third shrine Ohtoshi Shrine in Nishiyasuda.



圓満寺はずっと走った山の斜面にあった。道路が狭くなり、対向車が来たらどうしようかと思ったら、目の前に道が立っていて(笑)急勾配の行き止まりにお寺があった。
入り口に大きな木が生えており、注連縄があるのでご神木らしい。
これも家で調べたら公孫樹だったので、また秋の紅葉の季節に訪問したいものだ。
公孫樹の下には池がある。


Enmanji Temple is on the mountain. They have a tall old Ginko tree.




圓満寺の境内から見下ろす西安田の里。
朝日と朝靄と言うか山から立ち上る雲が佳い雰囲気。

Nishiyasuda village viewed from Enmanji Temple yard.




石段は苔むしていた。
入り口の石橋に「滑るので注意してください」と書かれていた。

Mossy stone steps.

2009年2月1日日曜日

池姫地蔵のこと

昔、と言っても私の子供の頃だが、垂水区を走っている山陽バスの上千鳥線の発点は、陸ノ町にあった。
垂水小学校のすぐ北側に電電公社があり、それはやがてNTTに変わったが、NTTの北側は小さな市場があり、その向かいにバス道と細い道を交えた三叉路があった。(今もある)
三叉路の角はタバコ屋と蒲団屋、おしてお地蔵さんがあった。向かいには木村理容店とレコード店があった。
バス停留所はそのお地蔵さんの前に置かれていた。

小さい市場で買い物をした記憶はない。母は垂水で一番大きな廉売市場を利用していたので、店舗が10軒にも満たない市場はスルーするのだった。市場には煎餅屋があるらしく、毎日香ばしい煎餅を焼く匂いがしていた。
レコード店にも入ったことがなかった。正面のガラス扉にはオリビア・ニュートン・ジョンやジョン・デンバー、郷ひろみなどの写真ポスターが大きく貼り出されていた。
蒲団屋も用がなかった。身近なのに利用しない店は結構多いものだ。利用する店はほかにあり、選択肢が多かった。
それだけ垂水の街は店舗がたくさんあり、賑わっていた。

お地蔵さんは、池姫地蔵と言う。現在もあるのだが、当時はかなり老朽化したお堂に祀られていた。中央に本尊があり、両側にお稲荷さんと名前の知らない小さな神社があった。地蔵が主神格で神社が境内社扱いと言う、ちょっと変わった場所だった。
本尊に向かって右側に六地蔵が並び、バス亭のベンチが置かれ、そして何故かとても印象に残っているのだが、巨大なシャコ貝の貝殻が一枚だけ置かれていた。
反対側はこれも不思議なことに小さなお地蔵さんが無数に何列も置かれていて、後に噂で聞いたところによると、それらのお地蔵さんは団地などの開発で行き場を失った地蔵などがそこに引き取られたり捨てれていたものだそうだ。

さて、本尊の池姫地蔵だが、これがまたとてもまか不思議なお姿をしていた。
まず、お顔がなかった。丸い石だけの頭部に赤い頭巾を被っていた。
よだれかけをした胴体はずっしりと大きいのに、背が低い。
何故なら、この胴体は、胸部だけだったからだ。

調べてみると、この地蔵は、昭和時代の初め、現在の場所から少し北へ行った所にあった池を埋め立てた時に、土中から発掘されたのだと言う。池にあったので、池姫地蔵と言う。
胸から上、顔のない不思議な地蔵。誰が何の為に作り、今の様な姿となって、土中に埋められたのか、誰も知らない。
現存する姿だけ見ても、完成品はかなり大きな地蔵だったと思われる。

垂水の人は、ただ「お地蔵さん」と呼ぶ。

地蔵盆になれば千羽鶴やお飾りをしてお祭りをしている様だ。
子供の頃は、バス停でもあり、敷地全体を覆う屋根があったが、最近の写真を他人のブログで見ると、屋根はなくなっている様だ。

バス停も交通事情で移転して、もう「お地蔵さんのバス停」ではなくなっている。

市場は老朽化して後継者もいなかったのか、閉鎖となった。
レコード店は気の毒なことに泥棒に入られ、しかも放火された。再起をしようと努力された様子もあったが、結局廃業された。
蒲団店もなくなったみたいで、タバコ屋さんと理容店だけが残ったようだが、最近は通らないので、これらの店舗がまだ存続しているのかもわからない。
わかっているのは、池姫地蔵がまだあることだけだ。