2008年5月21日水曜日

尾行・終わる?

バス停が近づいてきた。

 教授はボタンを押し、鞄を抱えて立ち上がった。いつも走行中に出口前に行かねば不安な質だった。
 教授を密かに慕う女子学生も腰を浮かせた。今日は先生の家の場所を確認しておきたい、と言う欲求を抑え難かったのだ。
 彼女の後を追って後先考えずにバスに乗ってしまった男子学生も、彼女が降りる気配なので、先に降りていよう、と思い立ち、教授の後を追って立ち上がった。
 教授が降りるバス停で降りる住人のふりをしている探偵も、当然のごとく立ち上がった。
 バスが減速したので、男子学生の護衛についているヤクザのベンツも減速した。

 バックミラーにベンツが映った。ちょっとそこらでは見かけないピンクのメルセデスだ。ふざけたカラーリングのボディーに、バスの運転手はびっくりした。見覚えがあったのだ。先日掛け金を踏み倒して逃げた賭博麻雀を仕切っていたヤクザだ。

 バスが急停止したので、ベンツが追突した。教授は転倒し、男子学生は座席から転がり落ちた老人を慌てて支えた。探偵は危うく手すりに頭をぶつけそうになり、女子学生は立ち上がりかけていた座席に尻餅を突いた。
 運転手は降車口のドアを開けると、一目散に走り去った。

 ちょっと大騒ぎになった。誰かが携帯電話で怒鳴り立て、怪我をしなかった乗客たちは怪我をした教授や年寄りを車外に連れだした。間もなく救急車とパトカーが来た。
 一番大怪我をしたのは、ベンツのヤクザで、教授も打撲傷を負った。男子学生がきびきびと乗客に指図したので、応急手当が女性客たちの手で素早くなされ、大事に至らなかった。
「ベンツが追突したのですか?」
 警察の質問に、探偵が答えた。
「バスが急停車して、それから後続車が追突したんですよ」
 若者はベンツの運転手が父親の会社の従業員だと証言した。彼はヤクザの意図をすぐにわかったけれど、それは言わなかった。これで彼女に近づくのは無理になってしまったな、と悟ってしまったので、ちょっと哀しかった。
 彼女は、事故を聞いて駆けつけた教授の奥さんが南方系の外国人美女だったので、がっかりした。文化人類学の教授は研究調査で知り合った現地人と結婚していたのだ。
 探偵は、教授の奥さんが、数日前に大天災で被害を被った母国の救済を訴えてテレビに出ていた女性だと気が付いた。
 教授の研究費着服は、私欲でなく、妻の祖国への救済基金に寄付されたのだろうか?
 
 混乱が静まり、各自が家に戻る頃、警察は逃亡した運転手の足取りを追跡し始めていた。

尾行5

 ちんたら走るバスの尾行やなんて・・・全くうちの親分ときたら、若のことになると親馬鹿丸出しやからなぁ・・・。
 若は、同じがっこの女の子に夢中なんや。俺は知っとる。美人やから、無理はないやろけど、あの子は若のことを知らんし、この数日弟分に調べさせたら、あの子も誰かを追いかけとるって言うやないかい。
 若、諦めんかい。ええ女やったら、なんぼでもおるって。

 あー、バスのけつ付くのって嫌なんや。排ガス、もろ浴びやないかい!なんでこんな臭い思いして、成人した若のお守りせんといかんのや。

 あー? バスのケツに何や書いとるな・・・○山×男? なにぃ?
運転手の名前やな。こ前の、賭け麻雀の支払い、踏み倒して逃げたヤツとちゃうんけ?
 おい、こら、待たんかい、こら!!

尾行4

 あの文化人類学の教授が研究費を着服している疑いがある。だが、真面目で研究一筋の男が何に金を使ったのか、わからないので、手がかりを調べて欲しい。大学側としては、事を表沙汰にしたくないので、出来るだけ穏便に解決出来る手段を考える資料として、調査結果を期待している。

 そんなことを言われて依頼を受けたのが、四日前。ずっとあの先生を尾行しているが、なんにもない。
 家と学校を往復するだけ。学校じゃ、講義に出る以外は研究室か図書館に籠もって本を読みあさっている。
 浮気も賭け事も何にもしてない。まぁ、四日だけじゃ、なんとも言えないがね。しかし、退屈だし、報告書にも書くことがない。
 困ったことに、いつも乗るバスってのが、ローカル線の極みで、乗客のメンツが全く同じ。
 違うのは、今日は若い男が一人、発車間際に乗ってきたこと。しかも、そいつ、前の席の女ばかり見ている。 あれ、ストーカーじゃないのか?
それに女も・・・毎朝毎夕見かける顔だが、教授の方をチラチラとよく見ている。
 学生か? それにしては、教授は知らん顔だが・・・。
 まさか、あの女が、貢がれている愛人ってことじゃ・・・。
 
 そんなことを思っている間に、もう停留所だ。 教授はここで降りる。俺も近所のアパートに帰るふりをして降りる。あのアパートは住人の出入りが激しくて、怪しまれないんだ。 なにしろ、ローカルだからな、人数が少ないので、つきまとうと目立つんだ。
 
 教授は降りる気配だ。 ん? 女も? やはり、逢い引きか?
 おーおー、ストーカー君も身構えている。俺も・・・。

おや? 後ろのベンツ、さっきからこのバスの後ろをぴったりと・・・追い越しもしないで付いてくる・・・。

尾行3

 どうも誰かに見られているような気がする。家と大学の行き帰り、誰かに見られている。つけられているのだろうか?
 特にそんな気が強く感じられるのは、バスの中。
 さりげなく振り返って見る。
 短い路線だ。顔ぶれは大体わかっている。

 ちょっと化粧が濃いのは、ホルモン焼き屋の奥さん。夕方、忙しくなる時間の一寸前に家に一時帰宅して子供にご飯を食べさせる。店はバス停3つ向こうだから、そんなに時間はかからない。
 くたびれた顔で外を眺める中年男二人。どちらも近所の会社員だ。不景気で残業がないので毎日定刻帰宅。奥さんが鬱陶しがっていることだろう。
 買い物帰りらしい主婦数名。大体見かける顔だ。
 終点まで乗っていく女子学生。高校生時分から同じバスによく乗り合わせている子。今は窓の外を見ている。
 彼女の後ろの席の若い男は・・・あれ? 一瞬目があって、逸らしたな。
あいつが、私を見つめていたのか? 何故だ?
そう言えば、見かけない顔だ。あぼ男が私を尾行しているのか?
 それとも・・・一番後ろの席で、俯いている、これも見かけない男。背広姿だが、ネクタイはしていない。怪しいじゃないか。
 まさかな・・・あの件が大学にばれたか?
 
 ああ、そろそろ降りる停留所だ。 降りてみればわかるだろう。 あの二人の男のどちらかが、私を盗み見していたことを。

尾行2

 終点(始発点とも言うわね)の次のバス停で、毎朝発車間際に駆け込んで来るメガネの小父さん。
 ネクタイ曲がってたり、乗り込んでから結んでたり、ソックス左右違うの履いていたり・・・おっちょこちょいの変な小父さんだと思ってた。
 大学入って、驚いた。
 だって、その小父さん、文化人類学の教授だったんだもの。
 文化人類学って、教養単位で、必須科目じゃないからって、友達は軽く見てるけど、それは間違いよ。こんなに面白い学問はないわ。
 それに、教授が凄いじゃない! バスの中じゃ冴えない中年なのに、教壇では私にとって未知の世界、知らない文化を詳細に解説してくれる。ドイツ語の本もフランス語の文献も原語で読んじゃうし、ボルネオの先住民の言語まで喋っちゃうんだ。それに説明している時の教授の目。キラキラ光って、玩具の話を夢中になって語る子供みたいで可愛い。

 恋・・・なのかな。教授が好き。どんな家に住んでいるんだろ。どんな奥さん(・・・いるんだろうな、やっぱ・・・)と暮らしてるのだろう。
 知りたい、知りたい、先生の私生活、知りたい。
 
 たった一つバス停が違うだけなのに、教授が降りる停留所で降りられない。だって、客が少なすぎる。教授は私のこと、気付いていない。学問に夢中で学生の顔を覚えられないのかって? 違う、違う、私が降りる終点まで乗る客が多いの。だから、私はバスの中では「その他大勢」で、教授は気付かない。だけど、一つ手前で降りたら、人が少ないから、すぐ気付かれるだろう。
 どうすれば、先生と同じ所で降りられる?

尾行1

 好きな女の子がいる。 同じ大学の文学部の学生だ。 色白で清楚な感じ。美人だし、物腰も優雅。どんな性格かな。偏見だけど、美人だから心も綺麗に違いない、と思ってしまう。
 だから・・・

 彼女がどこに住んでいるのかとか、どんな行動を取るのかとか、そんなことを知りたい訳ではなかった。
 彼女に話しかけるきっかけを探して、ただついて歩いただけだ。
 ストーカーだと思われないように、随分気を遣った。大学から駅までは、同じ道を歩いても怪しまれない。毎日目についても学生は大勢歩いているから、尾行しているなんて思わないだろう。
 電車が同じでも、平気だ。彼女が下りるT駅は、住宅街の中にあって、そこには学生用マンションもたくさんあるから、同じように下車してもおかしくない。
 問題はそこから。本屋だとか、コンビニだとか、彼女が立ち寄る場所をさりげなく通過したり、入ってみたり・・・。思い切って声をかければいいものを、勇気が出なくて・・・そしてとうとう・・・。

 今日、今、同じバスに乗ってしまった。
 乗る直前に気付いたが、この路線は市バス路線で一番短くて、他のどの路線とも交わっていない。バス停は5つだけで、折り返し同じ道を往復しているだけのローカル路線だ。 多分、乗客は互いに顔見知りで、誰が何処で乗り降りしているのか、知っているだろう。

 どうするよ? 住宅街だ。 降りてみても、何もない。 尾行しているって、まるわかりじゃん。
 やべ・・・彼女が振り返った・・・。

2008年5月18日日曜日

古文書

「この古文書を読み解いてください」

 と見知らぬ美女から、巻物の様な物を渡された。ごわごわした羊皮紙の様だ。力を入れると破れそうなので、静かに紐を解き、広げて見た。
 初めて目にする文字だった。何語なのか、さっぱり分からない。西洋の文字ではないし、アラビア語でもないし、漢字でもない。

「この文書は何処で?」

 尋ねると、美女は困った様に目を伏せた。

「図書館にあったのです」
「どこの?」
「この町の・・・」

 この町の図書館は文学専門じゃなかったのか?こんな考古学的資料など置いていただろうか。
 もう少しよく調べようと文書を注意深くめくってみた。
 ページの間に何か硬い物が入っていた。紙の隙間から取り出してみると、それは鱗の様に見えた。

「ああ、解いてくださったのですね!」

 彼女が嬉しそうに叫んだ。 なんのことか、と尋ねようと振り返ると、そこに彼女の姿はなく、一匹の竜がいた。

「有り難う」

 と竜が人語で言った。

「尻尾の鱗が挟まってしまって、自分では取れずに1000年間、その文書と共に過ごしてきました。誰もその文書を開こうとしなかったので・・・。
お陰で自由になれました。何か、一つ御礼を差し上げましょう。好きな物を仰ってください。」

 そう言われても、こっちは腰が抜けているから考える余裕もない。思わず口から出たのは、

「ううう・・・」

「鵜ですね!」
 竜はにっこり(?)笑って、鵜を三羽出すと、机の端に留まらせた。

「では、恩返しは済みました。さようなら!」

 竜は窓から飛んでいってしまった。