2010年3月12日金曜日

大河内家の厨房

 大河内家は土地の旧家で、築200年とも言われる古い家を今でも使用している。
 県が文化財に指定するとかで、そうなると改修するにもいちいち県の許可をもらわなくてはならなくなるので、大河内家はちょっと困ってしまった。
文化財に指定されても、維持費が出るでもなく、実際に住んでいる人には誇りがあるだけで、埃だらけの家が綺麗になる訳じゃない。
 指定される前に触れる箇所の改修をしておこう、もしかすると指定からはずされるかも知れないが、それでもいいじゃないか、と言うことで、大河内家の人々は水回りやご不浄の改修を始めた。
 トイレや下水は、下水道につなげて、外見はそのままに残す。今時汲み取り業者もそんなにいないし、これは自治体から補助も出る。
 大河内家の厨房は、土間に竈や井戸がそのまま残っていた。上水道を引いているが、井戸は時々使用する。釣瓶があって、蓋をはずして水を汲むので、子供などは井戸に近づいてはならないとされていた。
 
 大工の息子で10歳の昭夫は父親についてきて、台所の改修をする父親を手伝っていた。古い家は子供には珍しい物ばかりで、天井近くの神棚も興味を引いた。井戸の釣瓶も初めて見る。父親は蓋が閉まっていたので注意を怠った。昭夫は井戸に近づき、蓋に少し隙間があるのを発見した。穴から覗くと、遙か遠い真っ暗な空間の果てに、ぽつんと光の点が見えた。昭夫の頭で光が遮られ点が消えると、昭夫は蓋をもう少しずらして見た。闇の底に小さく自分の影が映っていた。もっとよく見ようと首を伸ばした時、胸ポケットに入れていたキャンディーの包みがぽろりと抜け出て、井戸に落ちていった。
 ちょっと間があってから、ポチャンっと音がした。
「キャンディ、落ちちゃった。」
昭夫の声に振り返った父親が、「井戸を汚すんじゃない」と言って、彼をそばに呼び戻した。昭夫は蓋を開けたまま、井戸から離れた。

 帰りに井戸を見た昭夫は、ちょっと驚いた。蓋の上に落としたキャンディが載っていたからだ。蓋はちょっと濡れていた。

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