2008年4月9日水曜日

鐘突堂

山寺の小僧さんが鐘を撞きに行ったまま帰って来なくなると言うことが度々起こった。和尚さんは初め、小僧さんが修行がイヤで逃げたのだろうと思っていたが、こう次々といなくなるのは解せない、と思い始めた。そんなに厳しくしているつもりはなかったし、どの子も逃げ出すような素振りがなかったからだ。
 これはどうしたものか、と思案していると、旅の僧が一夜の宿を求めて来た。
 端正なお顔で教養もありそうで、どこぞの大きなお寺の偉い坊様かも知れない、と思った田舎和尚は、その旅の僧侶に小僧さんたちの失踪の話を語って相談してみた。
「なるほど、それでこのお寺は夕刻の鐘を撞かないのですね。」
と旅の僧侶は納得して、一宿一飯のお礼に、明日調べてみようと言った。

 翌日、旅の僧侶は鐘撞堂へ行ってみた。山寺の鐘は、本堂から離れた藪の向こうにあったのだ。お堂には生臭い匂いが漂っていた。僧侶は和尚さんに頼んで、魚を一匹調達して、魚に糸を結わえ、鐘の下に置いた。
 夕刻、僧侶は鐘を一回だけ撞いて、藪の中に姿を隠した。
 暫くして、草むらから大きな蛇の様な物が出てきて、魚をぱくりと食べてしまった。大蛇が去った後には、魚に結わえておいた糸が伸びていた。
僧侶がそれをたどって行くと、森の奥に深い沼があり、糸はその中に消えていた。

 和尚さんはその話しを聞いて、村人を集めた。日が高い間に、みんなで沼の水を抜いた。その間、和尚さんはずっと声高らかにお経を読んでいた。
沼の底が曝されると、泥の中に、大蛇がうずくまっていた。お経で動けないので、村人たちに退治されてしまった。

 いなくなった小僧さんたちは二度と帰って来なかったけれど、それから失踪する小僧さんは出なくなったそうな。

 それから、旅の僧侶は、大蛇が退治されるのを見届けると、五色の雲に乗って西方の空に飛んでいってしまったと言うことだ。

2008年4月7日月曜日

ここにいるよ

「ここにいるよ」

 声が聞こえたような気がした。周囲を見回す。明るい木漏れ日が差し込む林の小径だった。すぐむこうには道路があって、クルマが数分おきに走り抜ける。ちょっと南に下ればドライブインがあり、シシ肉の味噌煮込みうどんが美味しいとかで、観光客が押しかける。北側にはキャンプ場があって、広場では多くのグループがバーベキューをしている。
 のどかな連休の午後。
 林の中にボク以外の人間がいてもおかしくない。だけど、その声はボクに話しかけているように聞こえた。
「誰?」
 と声に出して尋ねたが、そばに人がいるように思えなかった。
また歩き出すと、それは聞こえた。

「こっち。ここにいるよ。」

 若い女の声に思えたので、ちょっと好奇心で探求してみることにした。
声はボクを誘導し、林を通り、小さな社の横の坂道を上り、石段を登り、木の枝を滑り止めにした土の階段を上がって行った。

 突然目の前が開け、かなり下の方に道路や集落が見えた。いつのまにか山の頂上に来ていた。なんて素晴らしい景色なんだ!
真っ青な空、新緑の山、澄んだ空気、ぽっかり浮かぶ白い雲。

「ここにいるよ」

空の向こうで声がした。ボクを招いている。
飛んで行けるような気がした。

「危ない!」

いきなり後ろで大声がして、ボクは我に返った。目の前の地面がなかった。脚が竦んでしまったボクの服の背中をつかむようにして、リュックを背負ったおじさんがボクを引っ張って後ろへ下がらせてくれた。

「大丈夫かい? まさか、飛び降りるつもりじゃなかったんだろ?」
「すみません、景色に見とれてました。」

 背中も腋も汗びっしょりだった。おじさんはボクをじろじろ見て、それから谷間を見た。

「また出たんだな・・・」
「何がです?」
「なんだか知らないけど、一人で歩いている人を誘うヤツがいるんだよ。同じ所を堂々巡りさせたり、谷川で水浴びさせたり、悪戯するんだ。しかし、今日はちょっと笑えないなぁ。」

 一度遊んだ相手には二度と声をかけないから安心しな、とおじさんは言った。
 なんの声だったのか。ボクは帰り際、売店で買ったお菓子を林のお社にお供えして帰った。

2008年4月6日日曜日

参道

森の中のキャンプ場へ行った時のことだ。
夕食の支度まで時間があったので、仲間から離れて一人で散策を楽しんでいたら、山道から逸れるような細い道を見つけた。獣道ではない。綺麗な石畳だった。
なんだろう?
石は丸みを帯びた三角で交互に並べてあった。魚の鱗みたいに。
歩き出してすぐに気が付いた。その道は中央が少し盛り上がって左右に下がっている。
進むほどに、また気が付いた。中央が高くなり、ギザギザの石が立てて並べてある。こんな狭い道に中央分離帯か?
石畳の石がだんだん大きくなり、ギザギザも三角形になって大きくなる。

こ、これは、もしや・・・

道がピクピクと動いた。
そしてずっと前の方で声がした。

「くすぐったいから、降りてくれないか。尻尾だって敏感なんだぜ。」