東部の田舎町を歩いていた時のことだ。 いきなり何かにぶつかった。
思いっきり額を硬い物にぶつけちまった。目から火が出て、一瞬くらっとなった。
倒れかけて、何かにもたれかかった。ひやりとして、がっしりした物。太い木の幹の感触だった。
目を開いてみると、そこには何もなかった。何もないのに、俺は何かにもたれかかっていた。ぶつかったのも、そいつなんだ。
俺は手で探ってみた。一抱えもある太い木の幹だ。だが、目に見えない。
こいつは、何だろう。
手で探ったまま、一周してみた。 村の広場の真ん中に、見えない大木が立っている。
かなり高いし、一番下の枝は、背伸びしないと届かない。 広場には、そいつがあることを警告するような目印は一切なかった。
歩き出して、すぐに車がすれ違った。振り返ると、車は木があった場所を迂回して走り去った。この村の住人は、こいつの存在を承知しているに違いない。
村はずれにダイナー(食堂)があったので、入ってみた。カウンター席に座り、コーヒーとアップルパイを注文してから、店を切り盛りしているご婦人に話しかけてみた。
「あの広場の真ん中に、見えない木が立っているんだけど・・・」
すると女性は皿洗いの手を止めて、こっちを見た。
「ぶつかったの? 額に瘤ができているわ。」
「うん、見えなかったんで、思い切りぶつかったんだ。」
「気の毒に・・・」
彼女は氷を包んだハンカチを渡してくれた。
「これで冷やすといいわ。」
「有り難う。ところで、あの木なんだが・・・」
「あれは、ディックよ。」
「ディック?」
「古い樅の木なの。」
「見えないけど・・・この村の住人には見えているのかな?」
「ええ、見えているわ。心の中でね。」
「心の中で?」
「もう、いないのよ、ディックは。」
「・・・」
「10年前に、選ばれて、切られて、都会に運ばれて行ったの。都会の中心に、クリスマスツリーとして飾られて、一生を終えたのよ。
あそこに立っているのは、ディックが生えていたと言う、この村の住人の記憶と、ディック自身の霊なのでしょうね。毎年、この季節だけ、あそこに立っているの。私たちは、思い出すわけ、ここに、かつて実に立派な樅が立っていたって。」
食事を終えて、もう一度、広場に戻った。見えないまま、やはりディックはそこに立っていた。
そっと幹を撫でてやった。飾り付けられて、世界の中心を自負する都会で立っているよりも、このひなびた田舎町でいつまでも住人に見守られていたかったに違いないのに。立派過ぎた為に。
「君はこの町を、ここの住人を愛しているんだね。いいとも、このまま、何十年、何百年と、ここに立ち続けるんだ。君がここにいる限り、この町の人々は木を愛し続けるだろう。木を愛す人は他人にも優しくなれるだろう。
君はこの町の柱なんだ。」
---ジェイク・スターマン著「トワニに聞いた話」より---
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