2010年9月19日日曜日

サンドールの野を愛す・ジェイコブ

ジェイコブ・ゴールドスタインは、ユダヤ人以外の何者でもないこの名前が嫌いだった。
サンドールは人口が少なくて、一番多いのが近くの居留地から来るネイティヴで、次がアングロ・サクソン系、アイルランド系。ラテン系やアフリカ系はとて も少ないか、いないかのどちらかで、(曖昧なのは、長距離トラックが往来する道路際のドライブイン周辺で、移動式住宅に住んでいる連中がいるからだ)ユダ ヤ人は雑貨屋を営むゴールドスタインの一家だけだった。特に差別を受けた記憶はないものの、バーでユダヤ・ジョーク(ユダヤ人をステレオタイプ化したも の)を聞かされたりすると、酷く哀しく思えた。家業が雑貨屋と言う商売なのも、ユダヤだから、と言う気がして、親が疎ましく思えたこともあった。
とは言うものの、小さな町で職業選択の幅は狭く、ジェイコブは高校を卒業すると店を手伝うことにした。ゴールドスタイン家の財力を考えれば、大学進学が無理なことはなかったが、彼は勉強嫌いだった。
ある日、ジェイコブが一人で店番をしていると、トワニが来て、カーテン用の布地を熱心に品定めし始めた。ジェイコブはキリストより長生きしているその男に話しかけた。
「トワニ、あんたは、俺の先祖に会ったことがあるかい?」
トワニはチェック柄の布を手に取りながら、振り返らずに質問を質問で返した。
「それは、死海のほとりに住んでいた人々の意味?」
「死海でも、ロシアでも、ドイツでもいいさ」
「君の先祖はドイツには住まなかったよ」
「そうかい?」
「ずっと黒海周辺にいたんだ」
「いつ頃の話?」
「15世紀頃まで。それから北上してバルト海沿岸からロシアに入った。革命の直前に、生活が酷くなって、この国に移民してきた」
ジェイコブは感心した。
「まるで、見てきたように言うんだね」
「そうかい?」
トワニはショルダーバッグから一冊の本を出した。
「昨日、図書館で借りたんだ。君のお爺さんが同級生たちと共同で書いたサンドール史だよ。それぞれが、先祖の話にも言及している。君は、お爺さんから昔話を聞かなかったのかい?」
ジェイコブは赤くなった。彼は、老人の昔語りが鬱陶しくて真面目に聞いたことがなかった。
「それじゃ、君は俺の先祖には会わなかったの?」
「世界は広いんだよ、ジェイコブ、どうして君の先祖と会わなきゃいけないんだ? 俺はナザレのイエスにもマホメットにも会ったことはないよ。」
トワニは淡いベージュとグリーンのチェック柄の布に決めて、適当な長さに切ってくれるよう、ジェイコブに頼んだ。ジェイコブが代金を計算して、値段を告げると、彼はポケットを探り、紙幣を数枚出した。
「1ドル足りないや・・・ジェイコブ、サービスで1ドルまけてくれないかな?」
「駄目、駄目」
ジェイコブは勝手な値引きは後で親に叱られると心配して手を振った。
「1セントでもまけられないよ、俺の一存ではね」
「お金には、固いなぁ」
トワニが渋々ポケットの小銭全部を出して1ドルかき集めると、ジェイコブは笑った。
「ユダヤ人だからね。毎度ありがとうございます!」

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