2008年5月11日日曜日

スピン・オフ

 今度のドラマ企画、”ある晴れた日”のスピン・オフにしようと思うんです。”ある晴れた日”はなかなか好評でしてね、登場人物たちは主人公以外もそれぞれ個性的でファンが付いたんですよ。 
 このままじゃ、もったいないですから。
 新しい主人公は、”ある晴れた日”の主人公の生き別れた双子の妹の予定です。
 え、同じ女優じゃ、スピン・オフの意味がない? 杉田聖子の二役じゃないかって?
 違いますよ。 よく似た女性を見つけたんです。 ええ、まだ出演交渉してませんけどね、演(や)れそうですよ。
ちょっとこっちの方は下品な感じなんです。生き別れの方はスラムで苦労して育ったと言う設定で・・・それで、見つけた彼女もその、なんと言うか、下品なイメージが魅力的でしてね・・・
 あ、ちょっと待ってください、今、交渉に行ってるスタッフから連絡が入りました・・・





 すみません、プロデューサー
彼女は駄目でした。
杉田聖子がすっぴんで歩いてたんです・・・もしもし??

考古学者??

「先生、昨日亡くなったドンブリ島文化研究の権威バカヤマ先生の遺品なんですが・・・」

「ん? どうしたんだね?」

「ドンブリ島人の若者が自分の物だから返して欲しいと言うのです。」

「バカヤマ先生のコレクションは全て遺跡から収集した物だろ。 個人の持ち物はないよ。」

「それが、彼が言うのは、あれは遺跡ではなくて、今でも使っている現役の墓所だそうです。」

「なんだって? あんなに荒廃していてジャングルに呑み込まれかかっていると言うのに?」

「ジャングルなので、草刈りをしても一月でああなっちゃうんだそうです。 それに、ほんの二月前に葬った彼のお祖父さんの骨も無くなっているそうです。」

「そうか・・・その若者にバカヤマ先生の遺品を見てもらって、該当する物を返還する手続きをしてあげなさい。 もし貸してもらえる物があれば、研究用にお借りするように。」

「わかりました」

「あ、それから・・・そこのロッカーに入れてある骨格サンプルも返してあげてくれ。多分、彼のお祖父さんだ。」

ノック

 ドンドンっと乱暴にドアを叩く音がした。
 こんな夜更けに誰だ。 室内の仲間と顔を見合わせた。

「どなたです?」

 声をかけると、外にいる者が返答した。

「寒いんです。寒いんです。入れてください。」

 外は木枯らしが吹いていた。山奥の小屋だ。強盗未遂で逃亡している人間が隠れているところに助けを求めて来たヤツがいる。
 仲間が目配せした。
 入れてやれ。うまくやり過ごせば、きっと通報することもないだろう。

 ドアを開いた。ザッと風が吹きこんだが、外には誰もいなかった。

「なんだ?」

とつぶやいたら、すぐ後ろで・・・ほんとに耳元で・・・声が囁いた。

「寒いんです。寒いんです。戸を閉めてもらえますか。」

海岸通りの家

 念願の海のそばの家を手に入れた。寝室が二つだけ、リビングとダイニングとキッチンとバスルーム、それにユーティリティーだけの小さな家だったけれど、一人暮らしなんだから、十分広かった。住所は海岸通り4丁目13番地。ちょっとかっこいいじゃない?
 それに、なんてったって、すごく安かったんだもの。
 引っ越しの時、運送屋さんは、荷物を置くと、逃げるように帰って行った。コーヒーでも入れようと思ったのに。
 近所の人は何かこそこそ井戸端会議。挨拶すると笑顔で返事してくれたけど、ちょっとよそよそしい。何だろ?

 夕陽が素晴らしい。寝室の一つを書斎にして、仕事の合間に海を眺めて休憩する。太陽が水平線に沈んでいくのを見ながらコーヒーを飲むなんて、最高の贅沢だ。
「こんな風景を私たちだけで楽しむなんて、もったいない気がしない?」
と呟いて振り返ると、彼女がそこにいて、にっこり笑って応えた。
 彼女はこの部屋の住人だ。晴れた日の夕方だけ現れる。首から上だけのロングヘアの若い女性。きっと夕陽が好きで好きでここに居着いたのだろう。

 ダイニングで料理をしていると、子供たちが走り回っている。「子供たち」と言っても、見えないから、そう呼ぶだけ。2人だか3人だか、パタパタと足音がする。カップにミルクを入れてテーブルに置くと静かになる。喉を潤すと、次の日まで静かにしている。

 庭には麦わら帽子を被った男の人がいる。フェンスのペンキを塗り直していると、そばに立ってじっと見ていた。
「この色、気に入ってくれるといいのですが」
と言ったら、うんうんと頷いて消えた。外装に手を加えると、いつも見にやってくる。だから、センスの良い色を選ぼうと努力している。

 リビングには読書が好きな女の人がいて、ソファに座って本を読んでいる。本のページはちっとも進まないが、私がテレビを見ていると、一緒に見て、笑っている。

 海岸通りの家は、素晴らしい。一人暮らしだが、ちっとも退屈しない。

#1348

からくり人形

 暗い玄関に入って、「ごめんください」と言う。

 カタカタ・・・と音がして、廊下の奥からからくり人形が茶碗を載せたお盆を運んでくる。

 目の前でピタっと停まったので、茶碗を受け取って、一口飲んで、返す。

 からくり人形は回れ右して、カタカタ・・・と音をたてて去って行きかける。

「すごいよね、あんな物を昔の人が発明したなんて」

と呟くと、人形が振り返って、ニタッと笑った。



#1364

雨宿り

 突然の夕立に慌てて道端にあった古いお堂に駆け寄った。豪雨だ。道の向こうが見えないくらい。軒下にいても忽ち濡れてしまう。第一屋根が古くて庇が短いので、あまり役に立たない。無いよりましか、と思っていたら、お堂の中で声がした。
「中に入りなさいな」
 男の声だと思った。分厚い木製の扉を開けると、狭い空間に数人の男女がいて、びっくりした。 みんな濡れていた。
 外にいては濡れるばかりなので、中に入り、扉を閉めると、案の定真っ暗。
 湿気た、妙な生臭い匂いが充満していた。体育の授業の後のロッカールームみたいだ。
「いやぁ、酷い雨だわ」
「また洪水にならなきゃいいけど」
「山向こうまで帰らなきゃならないんだけどね」
「それは、峠道が心配だね」
「家が流されないか、不安だわ」
 みんな勝手に喋っている。
「これは大丈夫ですよ、ただの通り雨です。直に止みます。一時間もすれば・・・」
と言ったら、一瞬静かになった。
 え? なに? この沈黙? 雨が止むといけないの?
 すると誰かが尋ねた。
「一時間って、どのくらい?」
「え?」
 一時間・・・どのくらいなんだろう?そうか、時計見えないもんね、この暗さじゃ。こんな時、どうやって表現すればいいのだろう? 一時間って、どうやって測るの?
生憎時計はアナログで暗がりでは見えない。携帯電話も持っていない。
「そうですね、日が暮れる迄には止みます」
としか言えなかった。
「え、そんなにかかるの?」
と誰か女性の声。
「歳取っちゃうわ。」
 ドッと笑う人。
 それからちょっと最近の洪水の話が出て時間がつぶれた。みんな苦労していたんだな、恐怖体験したんだな、と感心した。
「天災は保険が下りないから、困りますね」
と言ったら、「それは何?」と聞かれた。え? 保険知らないの?びっくりした時、最初に「中に入れ」と言ってくれた人の声がした。
「雨が止みましたよ」

 扉を開くと、夕陽がさぁっと差し込んで、眩しくて目を細めた。山の上には虹が見えた。
「ほら、止んだでしょう」
 振り返ると、お堂の中には人は誰もおらず、タヌキとキツネと野ウサギと蛙とリスとネズミがぞろぞろ出てきて、それぞれ別の方向に走り去って行った。
 後には、お地蔵さんが座っていなさるだけだった。

アイドルがやってくる

 サッケ・アホネンはアホだ。「アホ」はフィンランド語で「林間の空き地」の意味だが、この場合は日本語の意味だと思ってもらって結構。
 アホネンは冗談を言っても面白くないし、歌を歌っても下手くそで誰も感動しない。仕事もそんなに出来ないのだが、当人は全てにおいて自分は天才だと思いこんでいる。
 だから、友人のプラツキンが、
「”アイドルがやってくる”に出演してみたら?」
とからかった時、本気になってこの人気ある視聴者参加番組に応募してしまった。

 アホネンがスタジオに入ると、片側に小さなステージがあり、反対側の机の向こうに審査員が座っていた。
 有名女性歌手と大学の哲学の教授と放送局の倫理委員会の役員だ。彼等は審査が厳しいことで知られていた。
 歌手は、歌の上手い下手の他に出場者の”華”を見る。他人の注意を惹き付けられるか否かを見ているのだ。
 哲学者はユーモアの程度を見極めようとする。この男は滅多に笑わないことで有名だった。
 役員は出場者が放送倫理規定に違反しないかを調べる。差別ネタなど、もってのほかだ。
 黒い革ジャンでめかしこんだアホネンは、ステージに立ち、やがてお得意の歌を披露し始めた。
「ずんずずずんずん、ずんずずずん・・・」
 自分の口で前奏曲を演じ、彼は表情一つ変えぬまま、歌詞を歌い始めた。

 物凄い調子っぱずれの「ロッキーのテーマ」に、プラツキンはテレビの前で仰け反った。一緒にテレビを見ていた他の友人たちも数メートル引いている。
アホネンが音痴なのはみんな知っていた。知らなかったのは、本当に彼がテレビに出演したことだ。
 これは、友人たちにとっては、衝撃的事実以外の何者でもなかった。

 スタジオでも、審査員たちが唖然としてアホネンを見つめていた。 長いことこの番組の審査員を務めているが、こんな下手くそは見たことがない。しかも、面白くもなんともない。

 歌い終わったアホネンがコメントを求めて彼等を見たとき、何か言わなければと思った歌手が尋ねた。
「いつも、あんな風に歌うんですか?」
「勿論です」
 アホネンは自慢げに答えた。
「友人たちは感動で言葉を失うんですよ。自分で言うのもなんですが、僕は天才的な歌手になれると思います。」
 
 突然、ひきつった様な笑い声がスタジオ内で起こった。笑わない哲学者が頭を抱えて笑っていたのだ。
 役員は横を向いて必死で何かを耐えている様子だった。

 こうして、一人の人間の伝説が誕生した。