突然の夕立に慌てて道端にあった古いお堂に駆け寄った。豪雨だ。道の向こうが見えないくらい。軒下にいても忽ち濡れてしまう。第一屋根が古くて庇が短いので、あまり役に立たない。無いよりましか、と思っていたら、お堂の中で声がした。
「中に入りなさいな」
男の声だと思った。分厚い木製の扉を開けると、狭い空間に数人の男女がいて、びっくりした。 みんな濡れていた。
外にいては濡れるばかりなので、中に入り、扉を閉めると、案の定真っ暗。
湿気た、妙な生臭い匂いが充満していた。体育の授業の後のロッカールームみたいだ。
「いやぁ、酷い雨だわ」
「また洪水にならなきゃいいけど」
「山向こうまで帰らなきゃならないんだけどね」
「それは、峠道が心配だね」
「家が流されないか、不安だわ」
みんな勝手に喋っている。
「これは大丈夫ですよ、ただの通り雨です。直に止みます。一時間もすれば・・・」
と言ったら、一瞬静かになった。
え? なに? この沈黙? 雨が止むといけないの?
すると誰かが尋ねた。
「一時間って、どのくらい?」
「え?」
一時間・・・どのくらいなんだろう?そうか、時計見えないもんね、この暗さじゃ。こんな時、どうやって表現すればいいのだろう? 一時間って、どうやって測るの?
生憎時計はアナログで暗がりでは見えない。携帯電話も持っていない。
「そうですね、日が暮れる迄には止みます」
としか言えなかった。
「え、そんなにかかるの?」
と誰か女性の声。
「歳取っちゃうわ。」
ドッと笑う人。
それからちょっと最近の洪水の話が出て時間がつぶれた。みんな苦労していたんだな、恐怖体験したんだな、と感心した。
「天災は保険が下りないから、困りますね」
と言ったら、「それは何?」と聞かれた。え? 保険知らないの?びっくりした時、最初に「中に入れ」と言ってくれた人の声がした。
「雨が止みましたよ」
扉を開くと、夕陽がさぁっと差し込んで、眩しくて目を細めた。山の上には虹が見えた。
「ほら、止んだでしょう」
振り返ると、お堂の中には人は誰もおらず、タヌキとキツネと野ウサギと蛙とリスとネズミがぞろぞろ出てきて、それぞれ別の方向に走り去って行った。
後には、お地蔵さんが座っていなさるだけだった。
気ままに思い浮かんだショート・ショートや、美味しい食べ物のことや、旅行の思い出を書いていきます。
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2008年5月11日日曜日
アイドルがやってくる
サッケ・アホネンはアホだ。「アホ」はフィンランド語で「林間の空き地」の意味だが、この場合は日本語の意味だと思ってもらって結構。
アホネンは冗談を言っても面白くないし、歌を歌っても下手くそで誰も感動しない。仕事もそんなに出来ないのだが、当人は全てにおいて自分は天才だと思いこんでいる。
だから、友人のプラツキンが、
「”アイドルがやってくる”に出演してみたら?」
とからかった時、本気になってこの人気ある視聴者参加番組に応募してしまった。
アホネンがスタジオに入ると、片側に小さなステージがあり、反対側の机の向こうに審査員が座っていた。
有名女性歌手と大学の哲学の教授と放送局の倫理委員会の役員だ。彼等は審査が厳しいことで知られていた。
歌手は、歌の上手い下手の他に出場者の”華”を見る。他人の注意を惹き付けられるか否かを見ているのだ。
哲学者はユーモアの程度を見極めようとする。この男は滅多に笑わないことで有名だった。
役員は出場者が放送倫理規定に違反しないかを調べる。差別ネタなど、もってのほかだ。
黒い革ジャンでめかしこんだアホネンは、ステージに立ち、やがてお得意の歌を披露し始めた。
「ずんずずずんずん、ずんずずずん・・・」
自分の口で前奏曲を演じ、彼は表情一つ変えぬまま、歌詞を歌い始めた。
物凄い調子っぱずれの「ロッキーのテーマ」に、プラツキンはテレビの前で仰け反った。一緒にテレビを見ていた他の友人たちも数メートル引いている。
アホネンが音痴なのはみんな知っていた。知らなかったのは、本当に彼がテレビに出演したことだ。
これは、友人たちにとっては、衝撃的事実以外の何者でもなかった。
スタジオでも、審査員たちが唖然としてアホネンを見つめていた。 長いことこの番組の審査員を務めているが、こんな下手くそは見たことがない。しかも、面白くもなんともない。
歌い終わったアホネンがコメントを求めて彼等を見たとき、何か言わなければと思った歌手が尋ねた。
「いつも、あんな風に歌うんですか?」
「勿論です」
アホネンは自慢げに答えた。
「友人たちは感動で言葉を失うんですよ。自分で言うのもなんですが、僕は天才的な歌手になれると思います。」
突然、ひきつった様な笑い声がスタジオ内で起こった。笑わない哲学者が頭を抱えて笑っていたのだ。
役員は横を向いて必死で何かを耐えている様子だった。
こうして、一人の人間の伝説が誕生した。
アホネンは冗談を言っても面白くないし、歌を歌っても下手くそで誰も感動しない。仕事もそんなに出来ないのだが、当人は全てにおいて自分は天才だと思いこんでいる。
だから、友人のプラツキンが、
「”アイドルがやってくる”に出演してみたら?」
とからかった時、本気になってこの人気ある視聴者参加番組に応募してしまった。
アホネンがスタジオに入ると、片側に小さなステージがあり、反対側の机の向こうに審査員が座っていた。
有名女性歌手と大学の哲学の教授と放送局の倫理委員会の役員だ。彼等は審査が厳しいことで知られていた。
歌手は、歌の上手い下手の他に出場者の”華”を見る。他人の注意を惹き付けられるか否かを見ているのだ。
哲学者はユーモアの程度を見極めようとする。この男は滅多に笑わないことで有名だった。
役員は出場者が放送倫理規定に違反しないかを調べる。差別ネタなど、もってのほかだ。
黒い革ジャンでめかしこんだアホネンは、ステージに立ち、やがてお得意の歌を披露し始めた。
「ずんずずずんずん、ずんずずずん・・・」
自分の口で前奏曲を演じ、彼は表情一つ変えぬまま、歌詞を歌い始めた。
物凄い調子っぱずれの「ロッキーのテーマ」に、プラツキンはテレビの前で仰け反った。一緒にテレビを見ていた他の友人たちも数メートル引いている。
アホネンが音痴なのはみんな知っていた。知らなかったのは、本当に彼がテレビに出演したことだ。
これは、友人たちにとっては、衝撃的事実以外の何者でもなかった。
スタジオでも、審査員たちが唖然としてアホネンを見つめていた。 長いことこの番組の審査員を務めているが、こんな下手くそは見たことがない。しかも、面白くもなんともない。
歌い終わったアホネンがコメントを求めて彼等を見たとき、何か言わなければと思った歌手が尋ねた。
「いつも、あんな風に歌うんですか?」
「勿論です」
アホネンは自慢げに答えた。
「友人たちは感動で言葉を失うんですよ。自分で言うのもなんですが、僕は天才的な歌手になれると思います。」
突然、ひきつった様な笑い声がスタジオ内で起こった。笑わない哲学者が頭を抱えて笑っていたのだ。
役員は横を向いて必死で何かを耐えている様子だった。
こうして、一人の人間の伝説が誕生した。
迷子
ピンポンパンポ〜ン♪
「ご来店中のお客様にお願い申し上げます。大泉純一郎ちゃんとおっしゃる3歳の男の子が迷子になっておられます。純一郎ちゃんは黄色いTシャツにグリーンの半ズボン、Tシャツには猫の模様が・・・」
店内放送を耳にした咲子は、ふと胸騒ぎを覚えた。その格好の子供だったらさっき見かけたような・・・。素早く周囲に目をやってみたが見あたらなかった。スーパーマーケットとは言え、この地方都市ではデパート並の規模を誇る大型店舗だ。客数は市内一だし、土日には必ず二人や三人、迷子が出る。今日は平日で空いていると言っても、子供にすれば自動車の心配が要らない広い遊び場だ。親が買い物をしている隙に走り回ってはぐれてしまったのだろう。
でも、この胸騒ぎはなに?
咲子が不安に襲われた時、咳払いが聞こえた。彼女は我に返った。彼女はレジ打ちの最中だったのだ。慌てて仕事に気持ちを切り替えた。
客に釣り銭を手渡した時、視野の隅に黄色いTシャツが見えた。
「あら?」
3歳くらいの男の子が男性に手を引かれて出口の方へ歩いて行くところだった。グリーンの半ズボン・・・。
あれは父親かしら? でも、放送では「お母様が待っておられます」と言っていた。平日の昼間に家族で買い物? では、母親は?
イヤな気分が押し寄せてきた。どうしよう・・・追いかけて声をかけるべきか? それとも・・・。持ち場を無断で離れられないし、子供はもう外に出かけている。
その時、商品管理係のユウナさんがバスケットを片づけにやってきた。咲子は急いで声をかけた。
「ユウナさん、あれ、あの子・・・」
ユウナさんは咲子が指さした方向を見た。そして、咲子が言いたいことを瞬時に理解したみたいだった。
「迷子ちゃんね。」
ユウナさんは一言そう言って、男の子と男性の後を追いかけて走っていった。
「咲子さんが見つけたんですよ。」
とユウナさんは店長に言った。
「子供と男の人が不自然だって思ったんですって。でもレジから離れられないでしょう? だから、私、頼まれて確認に行ったんです。声をかけたら、男の人、慌てちゃって、子供を家に届けるところだったとか言い訳して走って逃げてしまいました。危なかったです、最近誘拐が多いですからね。咲子さんが気づかなかったら、大変なことになったかも知れません。」
咲子は気恥ずかしくて赤くなって黙っていた。ユウナさんは頼まれて行動したんじゃない。ユウナさんもおかしいと気づいたんだ。だから、お手柄はユウナさんで、私じゃない・・・。
ユウナさんと目が合った時、ニコッと笑ったので、咲子は何も言えなくなってしまった。
「だって、本当に咲子さんが先に気づいたんだもの。」
とユウナさんは言った。
数日後、咲子は店の外を掃除していて、ユウナさんが知らない男と駐車場の端で向き合っているのを見つけた。何をしているのだろう、と不安になって近づくと、ユウナさんが男の顔の前に手をかざして声を出した。
「忘れるのよ。病気だったんだから。もう二度とあんなことはしないはず。」
男は頷いてくるりと回れ右すると駐車場から出て行った。
咲子はなんだかわからなくて、ユウナさんに声をかけた。
「何していたの?」
ユウナさんはちらっと咲子を見て答えた。
「ちょっとね。」
「知り合い?」
「そうでもないけど。もう会わないだろうし。」
時計を見て、ユウナさんはお弁当の時間だ、と言ってお店に戻って行った。
「ご来店中のお客様にお願い申し上げます。大泉純一郎ちゃんとおっしゃる3歳の男の子が迷子になっておられます。純一郎ちゃんは黄色いTシャツにグリーンの半ズボン、Tシャツには猫の模様が・・・」
店内放送を耳にした咲子は、ふと胸騒ぎを覚えた。その格好の子供だったらさっき見かけたような・・・。素早く周囲に目をやってみたが見あたらなかった。スーパーマーケットとは言え、この地方都市ではデパート並の規模を誇る大型店舗だ。客数は市内一だし、土日には必ず二人や三人、迷子が出る。今日は平日で空いていると言っても、子供にすれば自動車の心配が要らない広い遊び場だ。親が買い物をしている隙に走り回ってはぐれてしまったのだろう。
でも、この胸騒ぎはなに?
咲子が不安に襲われた時、咳払いが聞こえた。彼女は我に返った。彼女はレジ打ちの最中だったのだ。慌てて仕事に気持ちを切り替えた。
客に釣り銭を手渡した時、視野の隅に黄色いTシャツが見えた。
「あら?」
3歳くらいの男の子が男性に手を引かれて出口の方へ歩いて行くところだった。グリーンの半ズボン・・・。
あれは父親かしら? でも、放送では「お母様が待っておられます」と言っていた。平日の昼間に家族で買い物? では、母親は?
イヤな気分が押し寄せてきた。どうしよう・・・追いかけて声をかけるべきか? それとも・・・。持ち場を無断で離れられないし、子供はもう外に出かけている。
その時、商品管理係のユウナさんがバスケットを片づけにやってきた。咲子は急いで声をかけた。
「ユウナさん、あれ、あの子・・・」
ユウナさんは咲子が指さした方向を見た。そして、咲子が言いたいことを瞬時に理解したみたいだった。
「迷子ちゃんね。」
ユウナさんは一言そう言って、男の子と男性の後を追いかけて走っていった。
「咲子さんが見つけたんですよ。」
とユウナさんは店長に言った。
「子供と男の人が不自然だって思ったんですって。でもレジから離れられないでしょう? だから、私、頼まれて確認に行ったんです。声をかけたら、男の人、慌てちゃって、子供を家に届けるところだったとか言い訳して走って逃げてしまいました。危なかったです、最近誘拐が多いですからね。咲子さんが気づかなかったら、大変なことになったかも知れません。」
咲子は気恥ずかしくて赤くなって黙っていた。ユウナさんは頼まれて行動したんじゃない。ユウナさんもおかしいと気づいたんだ。だから、お手柄はユウナさんで、私じゃない・・・。
ユウナさんと目が合った時、ニコッと笑ったので、咲子は何も言えなくなってしまった。
「だって、本当に咲子さんが先に気づいたんだもの。」
とユウナさんは言った。
数日後、咲子は店の外を掃除していて、ユウナさんが知らない男と駐車場の端で向き合っているのを見つけた。何をしているのだろう、と不安になって近づくと、ユウナさんが男の顔の前に手をかざして声を出した。
「忘れるのよ。病気だったんだから。もう二度とあんなことはしないはず。」
男は頷いてくるりと回れ右すると駐車場から出て行った。
咲子はなんだかわからなくて、ユウナさんに声をかけた。
「何していたの?」
ユウナさんはちらっと咲子を見て答えた。
「ちょっとね。」
「知り合い?」
「そうでもないけど。もう会わないだろうし。」
時計を見て、ユウナさんはお弁当の時間だ、と言ってお店に戻って行った。
2008年5月10日土曜日
記憶
タローが目覚めた時、両親は大喜びした。もう永遠に眠ったままかも知れないと、医師から言い渡されていたからだ。 だから、タローに事故に遭う前の記憶が一切ないことが判明しても、そんなに哀しまなかった。息子が生きていることだけで、嬉しかったのだ。
タローは肉体的にはすっかり治ったので、退院して帰宅した。家の中は全く未知の世界で、勝手がわからずに戸惑った。しかし、何をどうするのか、体は、あるいは脳のどこかが覚えているのだろう、すぐに普通の生活に戻っていった。
医師は、仕事も以前と同じようにしてみるようにと勧めた。職場の人々も彼を温かく迎えてくれた。
タローは過去には固執しないようにと自分に言い聞かせ、新しい生活に馴染んでいくのだった。
「患者309985は、順調に元の生活に戻りつつあるようだね。」
「はい、鬱状態も緩和され、明るさも取り戻したようです。」
「過去は忘れて、新しい生活を始めると言うのが、効果的だったようだな。」
「そうですね。戦争で息子を亡くした親が鬱になって国全体の活気がなくなっていく傾向が出ていますから、アンドロイドの息子を与えて、息子の戦死と言う過去を消し去る治療法は有効のようです。」
タローは肉体的にはすっかり治ったので、退院して帰宅した。家の中は全く未知の世界で、勝手がわからずに戸惑った。しかし、何をどうするのか、体は、あるいは脳のどこかが覚えているのだろう、すぐに普通の生活に戻っていった。
医師は、仕事も以前と同じようにしてみるようにと勧めた。職場の人々も彼を温かく迎えてくれた。
タローは過去には固執しないようにと自分に言い聞かせ、新しい生活に馴染んでいくのだった。
「患者309985は、順調に元の生活に戻りつつあるようだね。」
「はい、鬱状態も緩和され、明るさも取り戻したようです。」
「過去は忘れて、新しい生活を始めると言うのが、効果的だったようだな。」
「そうですね。戦争で息子を亡くした親が鬱になって国全体の活気がなくなっていく傾向が出ていますから、アンドロイドの息子を与えて、息子の戦死と言う過去を消し去る治療法は有効のようです。」
2008年5月6日火曜日
湯原ダム
三朝温泉に行く途中、岡山県真庭市を通った。
いろいろな橋や中国電力の発電所などが道のそばに見えた。
真庭市の町並み保存地区では、旭川の高瀬舟発着所が遺構として保存されている。
川沿いの建物群は、かつての船宿の様だ。
煙突が立っている建物は現在レストランで、「寅さん」の最後のロケ地である。
湯原ダムに行ってみた。
国道から上がる山道は急で狭い。
特に、隧道が二つあるのだが、長い方は照明が天井に設置されているにも関わらず、全く機能しておらず、侵入した途端に真っ暗な闇に包まれる。
しかも、内部でカーブしているので、危険極まりない。出入り口双方に電光表示板があって、対向車の接近を知らせてくれるが、見落とすと大惨事になるだろう。
短い方は、反対側が見えているので危険度は少ない。
どちらも幅員が狭く対向車との離合は不可能。
湯原ダム。
堰堤の上を自動車でも徒歩でも自由に通行できる。
「テロ警戒地区」とかなんとか看板が立ててあるが、これでは役に立たないだろう。
堰堤の遙か下には、温泉街が谷間に見えている。
湖の周囲には周回道路がある様だ。
奥の方で釣りをしている人もいたが、堰堤だけ見て引き返した。
湯原ダムの水門を開ける装置?
いろいろな橋や中国電力の発電所などが道のそばに見えた。
真庭市の町並み保存地区では、旭川の高瀬舟発着所が遺構として保存されている。
川沿いの建物群は、かつての船宿の様だ。
煙突が立っている建物は現在レストランで、「寅さん」の最後のロケ地である。
湯原ダムに行ってみた。
国道から上がる山道は急で狭い。
特に、隧道が二つあるのだが、長い方は照明が天井に設置されているにも関わらず、全く機能しておらず、侵入した途端に真っ暗な闇に包まれる。
しかも、内部でカーブしているので、危険極まりない。出入り口双方に電光表示板があって、対向車の接近を知らせてくれるが、見落とすと大惨事になるだろう。
短い方は、反対側が見えているので危険度は少ない。
どちらも幅員が狭く対向車との離合は不可能。
湯原ダム。
堰堤の上を自動車でも徒歩でも自由に通行できる。
「テロ警戒地区」とかなんとか看板が立ててあるが、これでは役に立たないだろう。
堰堤の遙か下には、温泉街が谷間に見えている。
湖の周囲には周回道路がある様だ。
奥の方で釣りをしている人もいたが、堰堤だけ見て引き返した。
湯原ダムの水門を開ける装置?
2008年4月17日木曜日
逮夜
和尚さんは逮夜には少しうんざりしていた。お経を読むのは僧侶の仕事だし、義務だから当然だとしても、法要の後の習慣と言うのが、はなはだしんどいものだった。
和尚さんの寺がある地域では、逮夜には食事が出る。遺族と親類、時には友人や近所の人も加わって、法要が終わった後で、和尚さんを囲んでご飯を食べるのだ。
この地域の逮夜は初七日から四十九日までの間、七日毎に行われるから、一軒の家でお葬式を出すと、和尚さんは4回逮夜に呼ばれる。
遺族はご馳走を準備してる。法要なのだからそんなに贅沢しなくても、と和尚さんは内心思っているが、遺族はもてなすのが故人への供養だと信じているから、黙っている。
困るのは、毎回出される料理が寿司や会席料理だと言うことだ。狭い田舎町だから、仕出し屋は同じ店だし、短期間にお葬式が集中してしまったりすると、毎日逮夜だったりして、毎日同じ味の同じ料理を別々の檀家で出される。
正直なところ、和尚さんは食傷気味だった。
Y家の当主が亡くなった。長患いして苦しんでいたので、亡くなって家族がホッとしているのが雰囲気でわかった。
逮夜に呼ばれた。一逮夜目は定番の寿司だった。和尚さんは申し訳ないと思いつつ、残してしまった。
二逮夜目は懐石料理で、これも残した。
三回目。玄関で、「あれ?」と思った。トマトソースの匂いが漂っていたからだ。ニンニクの匂いもしたし、タマネギを炒める香りもした。和尚さんはなんだか落ち着かなくなり、お経を大急ぎで読んだ。(ばれたかな?)
お料理は、トマトソースに鶏肉を煮込んだパスタだった。
逮夜にパスタを出す家なんて初めてだった。和尚さんは美味しかったので夢中で食べてしまった。若主人に訊けば、彼の奥さんが作ったのだと言う。
「和尚さん、いつも残しておられるから、お袋が気に病んで、僕の嫁さんに台所仕事を押しつけたんですよ」
と若主人が笑いながら言った。
「僕も寿司よりこっちの方がいいや」
帰り際、家族全員が玄関に見送りに出てきた。
「ご馳走様でした。スパゲティ、美味しかったです」
和尚さんは思わず正直に挨拶してしまった。奥さんが照れ笑いして、大奥さんは苦笑いした。
それからも和尚さんはありらこちらの家に呼ばれて行くが、あれからパスタを出してくれる家には一度も遭遇していない。
和尚さんの寺がある地域では、逮夜には食事が出る。遺族と親類、時には友人や近所の人も加わって、法要が終わった後で、和尚さんを囲んでご飯を食べるのだ。
この地域の逮夜は初七日から四十九日までの間、七日毎に行われるから、一軒の家でお葬式を出すと、和尚さんは4回逮夜に呼ばれる。
遺族はご馳走を準備してる。法要なのだからそんなに贅沢しなくても、と和尚さんは内心思っているが、遺族はもてなすのが故人への供養だと信じているから、黙っている。
困るのは、毎回出される料理が寿司や会席料理だと言うことだ。狭い田舎町だから、仕出し屋は同じ店だし、短期間にお葬式が集中してしまったりすると、毎日逮夜だったりして、毎日同じ味の同じ料理を別々の檀家で出される。
正直なところ、和尚さんは食傷気味だった。
Y家の当主が亡くなった。長患いして苦しんでいたので、亡くなって家族がホッとしているのが雰囲気でわかった。
逮夜に呼ばれた。一逮夜目は定番の寿司だった。和尚さんは申し訳ないと思いつつ、残してしまった。
二逮夜目は懐石料理で、これも残した。
三回目。玄関で、「あれ?」と思った。トマトソースの匂いが漂っていたからだ。ニンニクの匂いもしたし、タマネギを炒める香りもした。和尚さんはなんだか落ち着かなくなり、お経を大急ぎで読んだ。(ばれたかな?)
お料理は、トマトソースに鶏肉を煮込んだパスタだった。
逮夜にパスタを出す家なんて初めてだった。和尚さんは美味しかったので夢中で食べてしまった。若主人に訊けば、彼の奥さんが作ったのだと言う。
「和尚さん、いつも残しておられるから、お袋が気に病んで、僕の嫁さんに台所仕事を押しつけたんですよ」
と若主人が笑いながら言った。
「僕も寿司よりこっちの方がいいや」
帰り際、家族全員が玄関に見送りに出てきた。
「ご馳走様でした。スパゲティ、美味しかったです」
和尚さんは思わず正直に挨拶してしまった。奥さんが照れ笑いして、大奥さんは苦笑いした。
それからも和尚さんはありらこちらの家に呼ばれて行くが、あれからパスタを出してくれる家には一度も遭遇していない。
2008年4月14日月曜日
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