2008年5月18日日曜日

古文書

「この古文書を読み解いてください」

 と見知らぬ美女から、巻物の様な物を渡された。ごわごわした羊皮紙の様だ。力を入れると破れそうなので、静かに紐を解き、広げて見た。
 初めて目にする文字だった。何語なのか、さっぱり分からない。西洋の文字ではないし、アラビア語でもないし、漢字でもない。

「この文書は何処で?」

 尋ねると、美女は困った様に目を伏せた。

「図書館にあったのです」
「どこの?」
「この町の・・・」

 この町の図書館は文学専門じゃなかったのか?こんな考古学的資料など置いていただろうか。
 もう少しよく調べようと文書を注意深くめくってみた。
 ページの間に何か硬い物が入っていた。紙の隙間から取り出してみると、それは鱗の様に見えた。

「ああ、解いてくださったのですね!」

 彼女が嬉しそうに叫んだ。 なんのことか、と尋ねようと振り返ると、そこに彼女の姿はなく、一匹の竜がいた。

「有り難う」

 と竜が人語で言った。

「尻尾の鱗が挟まってしまって、自分では取れずに1000年間、その文書と共に過ごしてきました。誰もその文書を開こうとしなかったので・・・。
お陰で自由になれました。何か、一つ御礼を差し上げましょう。好きな物を仰ってください。」

 そう言われても、こっちは腰が抜けているから考える余裕もない。思わず口から出たのは、

「ううう・・・」

「鵜ですね!」
 竜はにっこり(?)笑って、鵜を三羽出すと、机の端に留まらせた。

「では、恩返しは済みました。さようなら!」

 竜は窓から飛んでいってしまった。

夜道

 これは「実際にあったこと」と人から聞いた話だが・・・。

 乾燥室で働くNさんが、ある夜、飲み屋で仲間と一杯ひっかけて、ほろ酔い気分で自転車に乗ってたんぼ道を家路についていた。
 竹藪のはずれで、道端に女の人が立っているのが見えた。近づくと、知り合いのスナック店員で、彼女も家路についているらしい。
 「今晩は。 一人で歩いて帰るの?」
声をかけたら、彼女が振り返ってにっこり笑った。
「あら、今晩は。うちはこの近くなの。心配しなくても大丈夫よ」
 そして彼女はこう言った。
「そちらも、お一人? 良かったら寄ってかない?」
Nさん、ちょっとどきどき。普段なら、そんな誘いに乗らないんだけど、酔っていたので、ついふらふらと・・・。
「いいの?悪いなぁ・・・」
 彼女の家は本当にすぐ近くで、座敷に上げてもらい、そこでまた酒とおつまみを出された。
 それからNさんがいよいよ酔いが廻って自転車に乗るのが辛いな、と思い始めた頃、彼女がまた誘った。
「良かったら、お風呂が沸いているから、入っていきなさいな」
 Nさん、遠慮無くお風呂に入った。ほど良く温かで、気持ち良くなって、お湯に浸かったまま、寝込んでしまった。

「あれ、Nさん、なんでそんなところに入ってるの?落ちたの?」

 誰かの大声で、Nさんは目覚めた。



 田んぼの中の、肥だめの中で・・・。

座っている神

 気が付いた? あそこの電柱のてっぺんに女の人が座っているの、見える?
 電柱のてっぺんにお尻も足も載っけて膝抱えて座ってるの。白い着物きてるでしょ。幽霊なんかじゃない思う。だって、神々しく光っているもの。
 じゃぁ、何の神様かって?
 何の神様かなぁ・・・。

 神様、何を考えているのかなぁ。
 あっちの工場の方を見ているような気がする。
 あの工場、もうすぐ閉鎖されるんだって。親会社が製造基盤を外国に移しちゃって仕事がなくなったんだ。100人くらいかな? 失職しちゃうんだ。新しい職場ね・・・何人かは同業者が引き受けるらしいけど、それも若い人や、専門技術持った人だけだろ?
 残った人は辛いよね。家族もいるのにね。引っ越して行く人もいるんだろうね。

 ああ・・・工場の庭の隅に祠があるの、知ってた?なんだか知らないけど、昔からあそこにあったそうよ。工場の人が代わりばんこにお水やお供えをしていたって。社長さんは毎朝拝んでたそうよ。
 工場がなくなったら、あの祠、どうなるんだろうね。

 あ! 神様が立ち上がった。 工場の方へ飛んでいったよ。





 知ってる? あの工場、この前、凄い発明したんだって! それで、注文が急に増えて、親会社が閉鎖を取りやめたんだって。規模は縮小されるけど、工場は残って、従業員も全員新しい職場や配置換えで仕事が確保出来たんだってさ。

 だからさ、言ったじゃない、あれは神様だったって!!

2008年5月15日木曜日

献花する人

「ここに、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家があったんだって」
 彼女が示した場所は草ぼうぼうの空き地だった。緑色の金網を張ったフェンスが取り囲んで置かれていた。西隣のタバコ屋は新しい建物だ。東隣は駐車場。北側は、これも新しいマンション。南が空き地なので、きっと日当たり良好だろう。マンションの両側がちらりと見えたが、駐車場と更地だった。やはり、元通りの街並みには戻っていないんだ。
「3軒続きの長屋みたいな家でね、お祖父ちゃんお祖母ちゃんは真ん中に住んでたんだ。ちっちゃな庭付きの小綺麗な町屋だったよ。こじんまりした門があって、敷石を二枚歩くと引き戸の玄関があったの。玄関上がると短い廊下でさ、お座敷二間だけの家。それでも広い方に床の間があって、仏間もあったの。押入もちゃんとあったよ。狭い方のお部屋はお祖母ちゃんの仕事場ね。和裁をしてて、頼まれ物の着物を手で縫ってたの。
 台所は反対側、どっちの部屋からも直接行けるのよ。板間で薄暗かったけど、そこでお祖母ちゃん、いつもコトコトお芋やカボチャを煮込んでいたわ。
 台所の横にお風呂があったけど、お祖母ちゃんはそこは洗濯場にして、お風呂は街のお風呂屋さんに行ってた。風呂桶が壊れて、修理するよりお風呂屋さんに行ってお友達と会うのが楽しかったんでしょうね、きっと。
 トイレは庭の所に突き出た形であったわ。廊下の突き当たりがLの字に曲がってたの。昔のぼっちょんトイレね。手洗いは、庭に手水石があって、そこの上に水を入れた提灯みたいなのを吊して手を洗うのよ。え? 見たことがない?そうでしょうね。
 庭は楓や竹が植わってて、根本の岩の上に蛙の焼き物が載ってた。お祖父ちゃんは、私が欲しがってもくれなかったけど。」
 彼女はフェンスの足元に花束を置いた。
「どうして、ここが更地になったかって?
 あの地震を覚えているでしょう?ここはあの時の激震地だったの。この辺、全部崩れて焼けたのよ。
 うちのお祖父ちゃんとお祖母ちゃん?
 ああ・・・地震の時はもう引っ越して私の家の隣に住んでたわ。だから、あの時ここに誰が住んでたのか、知らない。」

幽霊

 部屋の隅に正座して、ずっと壁を見つめて座っていた。和服姿の女性だ。
 壁に何かあるのかと思ったが、薄っぺらだから死体が埋め込まれているように見えなかったし、穴も開いていたし、金目の物とか古文書が入っているようにも思えなかった。だって、去年建てたばかりのプレハブの事務所だからね。
 最初のうちはみんな気味悪がっていたけど、そのうち慣れて、「うちの事務所には幽霊がいるんですよ」なんて誰かが宣伝したものだから、見物人は来るし、テレビも取材に来た。
 幽霊は動じなくて、誰が話しかけても振り返らなくて、ずっと壁を見ていた。
 物珍しさから客は増え続け、顧客もできた。
 小さな解体専門の会社が、どんどん売上が伸びて行ったんだ。
 そのうち、近所のお屋敷が代替わりしたので、新しい場所に引っ越して跡地を更地にしたいと言ってきた。
 こんなちっぽけな解体屋が初めて請け負う大仕事だ。みんな張り切って機材を手配して築200年の大きな商家を解体した。
 そして、出てきたんだ。奥座敷の壁の中から骸骨が・・・。
 警察の話では、とても古い骨で、依頼主にも心当たりはなくて、でもご先祖の使用人に行方不明になった人がいたとかで・・・。
 今となっては犯罪だったのかな、て言う程度か。物好きな人が歴史を調べるだろうな。
 あ、幽霊は、骸骨が出た夜、初めて立ち上がり、僕らの方を振り返って深々とお辞儀して消えたんだ。
 綺麗な娘さんだった。

密談

 車から降りると、取引相手もベンツから降りてきた。
 お互いに警戒しあいながら、相手なのだと確認しあう。

「誰にも見られたり、後をつけられなかっただろうな?」
「大丈夫だ。女房にすら気取られていない。」
「例のもの、持ってきたか?」
「勿論だ。そっちは? ちゃんとキャッシュも持ってきたんだろうな?」
「当然だ。金がなくちゃ、話にもならん」
「では、おまえの物を見せろ」
「いや、そっちが先だ」
「では・・・3で一緒に出そう。1・・・2・・・3!」

 二人は紙切れを互いの目の前に差し出した。

「ううう・・・ちょっと高いんじゃないのか?」
「これが現行の相場だ。仕方がないじゃないか、アメリカとの取引はまだ停止中なんだ。そちらこそ、ちょっと法外じゃないのか? 中国産で誤魔化すつもりじゃないだろうな?」
「馬鹿言え、これは正真正銘、丹波産だ」
「では、ブツを渡そう。そっちとの差額代金も払う」
「いいとも、これで助かった。品切れでにっちもさっちも行かなかったからな」

 二人の男は包みを交換した。

 丹波産松茸と近江和牛ロース肉である。

1ドルの輝き

 惑星ヤバンは大昔、惑星サーンの流刑地だった星で、カムンは流刑囚だった人々の子孫が原住民化した民族だ。ヤバンの自然は砂漠で生存が大変難しい土地なので、カムンは長い年月の間に、少しばかり進化していた。と言っても、そんなに目立たなかったけれど。
 最近サーンから移住した人々の人口比率がヤバンの全人口の9割を越えたので、今やカムンは少数民族で、なかなか会えない。
 だけど、俺は宇宙港でドックの清掃員をしているカムンと友達になった。
 カムンを信用するな、とサーン人たちは忠告してくれたけど、リビってカムンは気のいいヤツだった。確かに、時々カムンの”超能力”とやらで、狡いことはしたけど。
 
 ある日、俺はリビとちょっとゲームをして遊んだ。まぁ、率直に言えば、博打をしたんだけどね。それで、リビが勝つはずのない勝負で勝った。何かやったんだろうけど、見抜けなかった。それに大した賭けじゃなかったから。
 俺は負けたから、リビを連れて飲みに行った。リビは大人しく飲んでいた・・・と思ったら、いつの間にやらかなり飲んでいた。
 で、支払いの段になって、俺は財布がないことに気付いた。落としたか、摺られたか・・・。青くなった俺にリビが言った。
「摺られたのなら、摺られた瞬間に俺が気付いたよ。きっと落としたんだ」
 サーン人なら、彼を疑っただろうが、俺は彼の人柄を信じていたので、探しに行くことにした。店の人は俺の操縦士免許を質に取って、「今夜中に払え」と言った。
 
 俺たちはドックまで来た道を辿った。ドックは真っ暗だった。
「落としたのなら、もうここしか探す場所は残ってないなぁ」
「だけど、真っ暗だし、広いし・・・」
俺はもうべそをかいていた。免許がなけりゃ、明日から飯の食い上げだ。すると、リビがこんなことを訊いてきた。
「コイン持ってる? 金属のお金」
 クレジットの時代だけど、惑星ヤバンでは、まだ古代貨幣が流通していて、俺も着陸した時に少しばかり換金して持っていた。だけど、こんな時にコインなんてどうするんだ?俺は1セント硬貨を出した。リビは、「1セントか・・・」と呟いて、それを両手で揉み、ドックに投げ入れた。
 パァっと光がドックの内部を照らし、一瞬、俺の財布が床に見えた。
 アッという間に光は消えて暗闇。俺は驚いて尋ねた。
「今のは?」
 リビが、やや皮肉っぽく答えた。
「1セントの光だよ。安いからすぐ消えた」
 俺はポケットを探って、1ドルコインを見つけた。
「これ、投げて!財布の位置を確認出来るくらいの灯りが出来るだろ?」
「まぁね」
 リビは、1ドル硬貨を揉み、投げた。

 俺は無事財布を取り戻し、飲み屋に支払いをした。1セントと1ドルは、どうやらリビが後で拾って自分のポケットに入れたらしいが、俺は何も言わないでおこう。