気ままに思い浮かんだショート・ショートや、美味しい食べ物のことや、旅行の思い出を書いていきます。
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2011年1月1日土曜日
サンドールの野を愛す・雪の夜
あの時代、あの国は混乱して、貧しかった。空に太陽が輝く夏でさえ暗黒のイメージがあったから、日が短い冬などは、もう闇の世界だった。餓死者も大量に出た。伝染病が広まらなかったのは冬だったからだ。それでも、インフルエンザくらいは流行っていただろう。
俺も貧しかった。土地を持たなかったし、身元を保証されている訳でもないから、その日暮らしで、周りの人々が貧しければ、俺の様な放浪者が真っ先にいかれちまうのさ。
あの夜、俺はなんとかその日稼いだ銅貨2枚を後生大事に持って、雪の中を歩いていた。遅い時間だったので、パン屋は閉まっていて、食い物にありつけるのは、翌日まで待たなきゃならなかった。正直、生きてその夜を越せるかどうか、自信がなかった。
風が吹き始めて、吹雪になるかも知れないと思い始めた時、暗がりの中から女が一人現れた。村の居酒屋で働いている娘だった。口を利いたことがなかったので、お互い会釈だけしてすれ違おうとした。彼女が足を止めて、話しかけてきたんだ。
「唇から血が出てるよ、兄さん」
食う物を食ってないから、健康だとは言えなかったんだ、あの頃は。唇も乾燥して荒れ放題。カサカサで切れていたんだな。寒さで気付かなかったんだ。
彼女はすっと俺に近づいてきた。俺は言葉を返すのも億劫で、彼女がどんどん顔を近づけ来るのをぼんやり見ているだけだった。
「生きるのも辛そうな顔だね。私が勇気づけてあげようか」
彼女はそう言って、俺の唇にキスをした。正確に言えば、キスするふりをして、俺の唇の血を舌で舐めたんだ。
彼女はすぐに身を退いた。ちょっと驚いていた様だ。
「あんたが、あのメトセラの・・・」
って言ったと思う。そして、舐めた俺の血を吐き捨てた。
「とんでもないのに出会っちまった。行っちまいな、ここはあんたがいる場所じゃないよ。」
俺は腹ぺこで、もう旅を続ける気力もないと答えた。すると彼女は近くの林を指さした。
「さっき、あそこでウサギを仕留めた。まだ雪に埋もれていないから、見つけられるだろ。それを食って、ここから去るがいい。」
そして雪の中を歩き去った。俺は言われた林に行き、そこでウサギの死骸を見つけた。綺麗に血抜きされていたので、小屋に持ち帰って火で炙って食べた。お陰でなんとか持ちこたえて、その国を出た。
それ以来、そこには戻らなかったし、彼女にも会っていない。
人々は彼女や彼女の一族を吸血鬼と呼ぶが、俺には恩人かも知れない。
-----ジェイク・スターマン著「トワニに聞いた物語」より
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