優れた遺伝子が発見された。 それは銀河系の辺境の惑星でのことだ。
住人は、かつて地球から移民した人々の子孫。
この星は公転周期が長くて、夏が20地球年、冬が40地球年。 余りに厳しい冬の為に植民政策が断念され、取り残された移民たちが、生き延びる為に自分たちの遺伝子を改造したのだ。
紙やメモリー装置が限られていたために、彼等は自分たちの研究、発見、発明、歴史の全ての記録を遺伝子に刻んだ。
即ち、この星の住人は全て生まれながらにして親の記憶を持っているのだ。
彼等を再発見した人々は考えた。
「個人的な記憶は必要ない。しかし科学技術の記憶を生まれながらに持つことは、学習時間の節約になるではないか!」と。
遺伝子を改造した記憶を参考にして、共同で研究が進められ、全人類の遺伝子に「学習節約遺伝情報」が組み込まれることになった。
きっと、時間が有効に余ったら、人類は更に発展するだろう。
誰もが期待した。
しかし、一つだけ、忘れられていた遺伝情報があった。忘れられていたので、誰も思い出さなかった。
それは・・・
「再び同胞と再会し、人類のオリジナルの遺伝子と接触したら(つまり婚姻によって子供ができたら)、この情報伝達遺伝子は役目を終わり、自動消滅すべし」
全人類の遺伝子に無理矢理組み込まれた、この情報は・・・。
気ままに思い浮かんだショート・ショートや、美味しい食べ物のことや、旅行の思い出を書いていきます。
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2008年5月13日火曜日
未完の大作
アイデアが湧き出るままに、創作に取りかかることがよくある。
後から後から構想が沸いてきて、自分ではどうしようもなく、どんどん手が進む。
かなり大量に出来上がったところで、突然、アイデアが涸れる。 どうしようもない、どんなに考えても、それ以上は何も出てこない。
また、この作品は没なのか。
完成されることもなく、世間に未発表のまま、朽ちていくだけなのだな・・・。
「ちょっと、誰よ、蜜柑で彫刻なんてしたのは??
腐りかけているじゃない、さっさと棄てなさい!!!」
後から後から構想が沸いてきて、自分ではどうしようもなく、どんどん手が進む。
かなり大量に出来上がったところで、突然、アイデアが涸れる。 どうしようもない、どんなに考えても、それ以上は何も出てこない。
また、この作品は没なのか。
完成されることもなく、世間に未発表のまま、朽ちていくだけなのだな・・・。
「ちょっと、誰よ、蜜柑で彫刻なんてしたのは??
腐りかけているじゃない、さっさと棄てなさい!!!」
貧乏旅行?
これは実話。
Kさんは高校時代、休みになると友人二人と一緒にいつもバイクでツーリングを楽しんでいた。
資金はアルバイトで稼ぎ、宿は出来るだけ安い場所、寝袋で眠れたら良し、として贅沢厳禁の質素な旅だった。
一度などは、台風が近づいてきて、野宿が危険と思われたので屋根のある場所を求めて駐在所に行ったこともある。その時は、近くの学校の宿直に紹介され、学校で泊めてもらった。
質実剛健、悪く言えば、貧乏旅行だった。
ある時、それは東海地方の街の出来事だった。
駅前にバイクを停めたKさんたちは、食事を摂ることにした。けれど、付近の飲食店に駐車場を持っていそうな店が見あたらなかったので、Kさんは、友人二人に先に食事を摂らせ、自分はその間バイクと荷物の番をすることにした。
一人で地面に座っていると、ホームレスの小父さんが通りかかった。
「坊主、何してるんだ?」
「バイクの番してるんや」
小父さんは3台のバイクを見た。
「友達は何処かへ行ってるのか?」
「うん、飯食いに行った」
「おまえは何で食べに行かないんだ?」
そこで、Kさんの心に茶目っ気が生じた。
「僕は、金ないんや。だから、食べたくても食べられへんねん」
「友達は金持ってて、飯食べてるのか?」
「そうや」
「それは酷いなぁ」
ホームレスの小父さんは服のポケットをがさごそと探って、百円玉を数枚出した。
「おっちゃんが金出してやるから、これでラーメンでも食ってこいや」
「え?!」
Kさんは驚いた。ホームレスの小父さんは、どう見てもKさんより裕福に見えない。失礼ながら、毎日食べる物を確保するのに苦労されている様に見えた。
それなのに・・・。
「せやけど、おっちゃん・・・」
「早く行ってこい。バイクと荷物は儂が見張っててやるから。友達に見つかる前に戻って来いよ」
断ると却って失礼な雰囲気だった。Kさんは小父さんからお金をもらい、近くのラーメン店に駆け込んだ。
美味しいラーメンでお腹がふくれたKさんが駅前広場に戻ると、ホームレスの小父さんはまだそこにいて、Kさんを見てニコニコ笑った。
「どうだ、上手かったか?」
「うん、美味しかった。ご馳走様」
「おまえ、関西から来たのか?」
「うん。これから帰るとこ」
「気をつけて帰れよ。そうだ・・・」
小父さんはまたポケットを探り、また小銭を出した。
「少ないけど、小遣いやろう」
「え?!」
「いいから、儂もたまには、若い者にこう言うこと、してみたいんだ」
小父さんはKさんの手にお金を握らせ、「んじゃ、元気でな」と言って歩き去った。
友達が戻って来た時、Kさんはご機嫌だった。
「何かあったんか?」
「別にぃ・・・」
「飯食ってこいや」
「ええねん、腹一杯やから」
「さっきは腹減った、て言うてたやんか」
「せやから、もうええねん」
Kさんは今でも時々考える。
あの小父さんにも息子がいたのかな・・・
あの小父さんも旅をしていたのかな・・・
Kさんは高校時代、休みになると友人二人と一緒にいつもバイクでツーリングを楽しんでいた。
資金はアルバイトで稼ぎ、宿は出来るだけ安い場所、寝袋で眠れたら良し、として贅沢厳禁の質素な旅だった。
一度などは、台風が近づいてきて、野宿が危険と思われたので屋根のある場所を求めて駐在所に行ったこともある。その時は、近くの学校の宿直に紹介され、学校で泊めてもらった。
質実剛健、悪く言えば、貧乏旅行だった。
ある時、それは東海地方の街の出来事だった。
駅前にバイクを停めたKさんたちは、食事を摂ることにした。けれど、付近の飲食店に駐車場を持っていそうな店が見あたらなかったので、Kさんは、友人二人に先に食事を摂らせ、自分はその間バイクと荷物の番をすることにした。
一人で地面に座っていると、ホームレスの小父さんが通りかかった。
「坊主、何してるんだ?」
「バイクの番してるんや」
小父さんは3台のバイクを見た。
「友達は何処かへ行ってるのか?」
「うん、飯食いに行った」
「おまえは何で食べに行かないんだ?」
そこで、Kさんの心に茶目っ気が生じた。
「僕は、金ないんや。だから、食べたくても食べられへんねん」
「友達は金持ってて、飯食べてるのか?」
「そうや」
「それは酷いなぁ」
ホームレスの小父さんは服のポケットをがさごそと探って、百円玉を数枚出した。
「おっちゃんが金出してやるから、これでラーメンでも食ってこいや」
「え?!」
Kさんは驚いた。ホームレスの小父さんは、どう見てもKさんより裕福に見えない。失礼ながら、毎日食べる物を確保するのに苦労されている様に見えた。
それなのに・・・。
「せやけど、おっちゃん・・・」
「早く行ってこい。バイクと荷物は儂が見張っててやるから。友達に見つかる前に戻って来いよ」
断ると却って失礼な雰囲気だった。Kさんは小父さんからお金をもらい、近くのラーメン店に駆け込んだ。
美味しいラーメンでお腹がふくれたKさんが駅前広場に戻ると、ホームレスの小父さんはまだそこにいて、Kさんを見てニコニコ笑った。
「どうだ、上手かったか?」
「うん、美味しかった。ご馳走様」
「おまえ、関西から来たのか?」
「うん。これから帰るとこ」
「気をつけて帰れよ。そうだ・・・」
小父さんはまたポケットを探り、また小銭を出した。
「少ないけど、小遣いやろう」
「え?!」
「いいから、儂もたまには、若い者にこう言うこと、してみたいんだ」
小父さんはKさんの手にお金を握らせ、「んじゃ、元気でな」と言って歩き去った。
友達が戻って来た時、Kさんはご機嫌だった。
「何かあったんか?」
「別にぃ・・・」
「飯食ってこいや」
「ええねん、腹一杯やから」
「さっきは腹減った、て言うてたやんか」
「せやから、もうええねん」
Kさんは今でも時々考える。
あの小父さんにも息子がいたのかな・・・
あの小父さんも旅をしていたのかな・・・
遺産
父の遺産相続の為に姉妹が集まった。
長女の桃子。父と性格が似て頑固なので、父の晩年は対立して電話すらしなかった。勿論、父が病に倒れてからも見舞いにも来なかった。
次女の梨花。体が弱く、それを理由に近所に住んでいるにもかかわらず、一度も父の看病の手伝いに来なかった。今も神経性の胃炎で悩んでいると愚痴をこぼしている。
三女の栗子。海外赴任の夫と共に帰国したのは、父の49日の直前、つまり昨日。葬式に間に合わなかったのは許すとして、どうして遺産がもらえるかも知れない時に帰ってくるの? もっと早く帰って来られたでしょ?
四女の杏。一番父に可愛がられていたので、自信満々の表情だけど、ダンナの会社は火の車。内心はきっと穏やかじゃないわね。全額もらえる訳はないしね。
五女は、花梨、つまり、私。末っ子だけど、家に残って一人で父の世話をした。葬式の手配もしたし、桃子姉に言われて喪主も務めた。これでみんなと同額じゃ、割に合わないわ。
弁護士が封筒を開封するのを、全員が固唾を飲んで見守った。
白い便箋を手にして、弁護士が読み上げた。
「娘たちの健康で豊かな人生を願って、ここに全ての遺産を以下の者に贈ることにする。
次女 梨花」
そんな馬鹿な!!
私たち姉妹の叫びを無視して、弁護士は次女梨花に小さな手提げ金庫を渡した。株券とか土地の権利書なら十分入る大きさだ。
梨花は得意満面で、金庫を開いた。彼女の顔色が変わった。
「何よ! これは?!」
梨花姉がテーブルの上に投げ出した金庫を覗いて、私たちは唖然とした。
そこには、金色に光る粉が入ったガラス瓶と一通の覚え書き・・・
毎食後半時間以内に必ず服用のこと
胃散だった。
長女の桃子。父と性格が似て頑固なので、父の晩年は対立して電話すらしなかった。勿論、父が病に倒れてからも見舞いにも来なかった。
次女の梨花。体が弱く、それを理由に近所に住んでいるにもかかわらず、一度も父の看病の手伝いに来なかった。今も神経性の胃炎で悩んでいると愚痴をこぼしている。
三女の栗子。海外赴任の夫と共に帰国したのは、父の49日の直前、つまり昨日。葬式に間に合わなかったのは許すとして、どうして遺産がもらえるかも知れない時に帰ってくるの? もっと早く帰って来られたでしょ?
四女の杏。一番父に可愛がられていたので、自信満々の表情だけど、ダンナの会社は火の車。内心はきっと穏やかじゃないわね。全額もらえる訳はないしね。
五女は、花梨、つまり、私。末っ子だけど、家に残って一人で父の世話をした。葬式の手配もしたし、桃子姉に言われて喪主も務めた。これでみんなと同額じゃ、割に合わないわ。
弁護士が封筒を開封するのを、全員が固唾を飲んで見守った。
白い便箋を手にして、弁護士が読み上げた。
「娘たちの健康で豊かな人生を願って、ここに全ての遺産を以下の者に贈ることにする。
次女 梨花」
そんな馬鹿な!!
私たち姉妹の叫びを無視して、弁護士は次女梨花に小さな手提げ金庫を渡した。株券とか土地の権利書なら十分入る大きさだ。
梨花は得意満面で、金庫を開いた。彼女の顔色が変わった。
「何よ! これは?!」
梨花姉がテーブルの上に投げ出した金庫を覗いて、私たちは唖然とした。
そこには、金色に光る粉が入ったガラス瓶と一通の覚え書き・・・
毎食後半時間以内に必ず服用のこと
胃散だった。
2008年5月12日月曜日
雨の夜
バス停に着くと、貼り紙がしてあった。
「北山発のバスは県道377が土砂崩れの為に通行止めとなり、運休しています。南川方面へお越しのお客様は、東丘発のバスにご乗車ください。ご迷惑をおかけし、申し訳ございません」
慌てて書いたのだろう、ちょっと字体が崩れていた。
東丘発のバスは本数が少ない。次の便まで1時間あった。この肌寒い雨の中を1時間も待てるか?
ボクは先に来ていた若い女性に声をかけた。
「バスが来るまで、そこの喫茶店で雨宿りしませんか?」
暗かったので、彼女が黒っぽいワンピースを着ているとしかわからなかった。美人に見えた。下心は断じてなかった。暗い道ばたで一人でバスを待つなんて、しかも雨の中で、それは男でも嫌だろう?
女性は「そうですね」とか言いながら、ボクの後ろを付いてきた。
喫茶店は古い店だった。もう20年はそこで営業しているが、前回入ったのは10年前だったろうか。カウンターも4つあるテーブルも内装も古ぼけてしまったが、昔のままだった。頭がかなり寂しくなってしまったマスターがカップを拭きながら、「いらっしゃい」と言った。
カウンターの端に男の客が一人いて、コーヒーをすすっていた。背中を丸めて裏日れた感じだった。
ボクもカウンターに着いた。マスターが水のグラスを用意しながら、尋ねた。
「お一人でいいですか?」
「え?」
振り返ると、女性はいなかった。慌てて店内を見回したが、彼女は消えていた。
「あれ、あの人は?」
マスターが何か言う前に、隅の客が呟いた。
「入ってすぐ出て行った・・・」
「そうですか・・・」
がっかりしなかったと言えば嘘になる。でも、初対面の男とこんなわびしい店に入りたくないのだろう、と自分に言い聞かせて納得した。
熱いコーヒーを時間をかけて飲んだ。無言だった。客も無言でマスターも黙っていた。ただ、彼は時々ボクに何か言いたそうに視線を投げかけて来たが、ボクが気づかないふりをしたので、結局何も言わなかった。
お代を払って外に出た。
まだ雨は降っていたが、小降りになっていた。
バス停に彼女が立っているのが見えた。
ボクがそばに行くと、彼女が声をかけてきた。
「さっきは黙って出てしまって、ごめんなさい。」
「いや、いいんです。」
「あなたが嫌で逃げたんじゃないんです。それだけ、言いたくて・・・」
ボクは彼女を見つめた。彼女は喫茶店を見た。
「あの店は以前にも行ったことがあるんです。あの時も、彼はいたんです。」
「彼って?」
「カウンターの客。」
「?」
「見えませんでした?」
「どう言う・・・」
ボクはマスターが何か言いたそうにしていたことを思い出した。マスターは彼女のことではなくて、あの客のことを言いたかったのか?
彼女がボクの思考を察したのごとく、説明した。
「マスターにはあの男の人が憑いているんです。いえ、あのお店に憑いているんでしょうね、きっと。ただあそこに座ってコーヒー飲んでいるだけなんですけど。でも、私はそばにいたくないんです。話しかけてきて欲しくないんです。あの手の人は、会話をしてくれる人に憑くんです。」
そして彼女は頭を下げた。
「変なことを言ってごめんなさい。忘れてください。」
そこへ、バスが近づいて来た。
「やっと来ましたね」
「ええ」
バスが停車して、ドアが開いた。彼女が手で「どうぞ」と譲ってくれたので、先に乗り込んだ。
ドアが閉まった。ボクはびっくりした。
「おい、彼女も乗るんだぞ!あの女の人も・・・」
運転手が言った。
「よしてくださいよ、お客さん。あなた一人しかいなかったじゃないですか。」
「北山発のバスは県道377が土砂崩れの為に通行止めとなり、運休しています。南川方面へお越しのお客様は、東丘発のバスにご乗車ください。ご迷惑をおかけし、申し訳ございません」
慌てて書いたのだろう、ちょっと字体が崩れていた。
東丘発のバスは本数が少ない。次の便まで1時間あった。この肌寒い雨の中を1時間も待てるか?
ボクは先に来ていた若い女性に声をかけた。
「バスが来るまで、そこの喫茶店で雨宿りしませんか?」
暗かったので、彼女が黒っぽいワンピースを着ているとしかわからなかった。美人に見えた。下心は断じてなかった。暗い道ばたで一人でバスを待つなんて、しかも雨の中で、それは男でも嫌だろう?
女性は「そうですね」とか言いながら、ボクの後ろを付いてきた。
喫茶店は古い店だった。もう20年はそこで営業しているが、前回入ったのは10年前だったろうか。カウンターも4つあるテーブルも内装も古ぼけてしまったが、昔のままだった。頭がかなり寂しくなってしまったマスターがカップを拭きながら、「いらっしゃい」と言った。
カウンターの端に男の客が一人いて、コーヒーをすすっていた。背中を丸めて裏日れた感じだった。
ボクもカウンターに着いた。マスターが水のグラスを用意しながら、尋ねた。
「お一人でいいですか?」
「え?」
振り返ると、女性はいなかった。慌てて店内を見回したが、彼女は消えていた。
「あれ、あの人は?」
マスターが何か言う前に、隅の客が呟いた。
「入ってすぐ出て行った・・・」
「そうですか・・・」
がっかりしなかったと言えば嘘になる。でも、初対面の男とこんなわびしい店に入りたくないのだろう、と自分に言い聞かせて納得した。
熱いコーヒーを時間をかけて飲んだ。無言だった。客も無言でマスターも黙っていた。ただ、彼は時々ボクに何か言いたそうに視線を投げかけて来たが、ボクが気づかないふりをしたので、結局何も言わなかった。
お代を払って外に出た。
まだ雨は降っていたが、小降りになっていた。
バス停に彼女が立っているのが見えた。
ボクがそばに行くと、彼女が声をかけてきた。
「さっきは黙って出てしまって、ごめんなさい。」
「いや、いいんです。」
「あなたが嫌で逃げたんじゃないんです。それだけ、言いたくて・・・」
ボクは彼女を見つめた。彼女は喫茶店を見た。
「あの店は以前にも行ったことがあるんです。あの時も、彼はいたんです。」
「彼って?」
「カウンターの客。」
「?」
「見えませんでした?」
「どう言う・・・」
ボクはマスターが何か言いたそうにしていたことを思い出した。マスターは彼女のことではなくて、あの客のことを言いたかったのか?
彼女がボクの思考を察したのごとく、説明した。
「マスターにはあの男の人が憑いているんです。いえ、あのお店に憑いているんでしょうね、きっと。ただあそこに座ってコーヒー飲んでいるだけなんですけど。でも、私はそばにいたくないんです。話しかけてきて欲しくないんです。あの手の人は、会話をしてくれる人に憑くんです。」
そして彼女は頭を下げた。
「変なことを言ってごめんなさい。忘れてください。」
そこへ、バスが近づいて来た。
「やっと来ましたね」
「ええ」
バスが停車して、ドアが開いた。彼女が手で「どうぞ」と譲ってくれたので、先に乗り込んだ。
ドアが閉まった。ボクはびっくりした。
「おい、彼女も乗るんだぞ!あの女の人も・・・」
運転手が言った。
「よしてくださいよ、お客さん。あなた一人しかいなかったじゃないですか。」
ウノ・シガレーチョ
初めてメキシコに行った時、司厨長がオレに3ドル渡して、バナナを買ってこい、と言った。当時、1ドルは360円ほどだったから、3ドルは1000円ほどかな。今じゃ、日本でも1000円は大金と呼んでもらえなくなったけど、当時は結構な価値があった。3ドルあったら、船全体の人員に食べさせられるバナナが買えるって司厨長は言ったんだ。
ちょっと待ってよ、司厨長、いくら3ドルが大金だからって、この船に何人乗ってるか知ってるの? これ、ブラジルへ移民運んでるんだよ。バナナを全員に配れるほども買えるはずないじゃん。
いいから買ってこい、と司厨長。それで市場へ行ったら、買えたんだよ、トラック一杯のバナナが・・・たった3ドルでさ。
パナマ運河を通って太平洋と大西洋を行ったり来たりして、数年たつと、オレもいっぱしの船乗りになった。ちょいと世間慣れした親爺の仲間入りさ。3ドルでトラックいっぱいのバナナを買った時より、したたかなヤツになっちまった。
あれは何処の港だったかなぁ。 やっぱりバナナを買いに行った。出来るだけ出航時間に近い時刻を狙ってね。
それで、バナナ売りに取引を持ちかける。10房のバナナとアメリカ製タバコを交換しないかって。
10房って、日本の果物屋で売ってる房を想像しちゃいけないよ。1房は、バナナの木1本分のことだ。
「ウノ・シガレーチョ?」
バナナ売りは、アメリカ製タバコが高く売れることを知っている。10房のバナナとタバコ1カートンじゃ、美味い儲け話だ、と読んだ訳。
「シ、ウノ・シガレーチョ」
オレは人の好さそうな笑顔で頷く。バナナ売りは口頭で契約する。オレは言う。
「半時間後に出航だから、大急ぎで積み込んでくれ」
バナナ売りは10本分のバナナをせっせと船に運び込んだ。
作業が終わる頃には、早くも時間が迫っていて、船は錨を上げてエンジンの稼働も高まっている。
オレは甲板からバナナ売りに声をかけた。
「グラシャス、セニョール、ウノ・シガレーチョ」
オレは、桟橋のバナナ売りに、タバコを投げてやった。20本入りのマルボロの箱、1個。
怒り心頭のバナナ売りの怒鳴り声は出航の汽笛にかき消され、船は桟橋を離れた。
あれ以来、オレの船はあの港に寄港していない。
ちょっと待ってよ、司厨長、いくら3ドルが大金だからって、この船に何人乗ってるか知ってるの? これ、ブラジルへ移民運んでるんだよ。バナナを全員に配れるほども買えるはずないじゃん。
いいから買ってこい、と司厨長。それで市場へ行ったら、買えたんだよ、トラック一杯のバナナが・・・たった3ドルでさ。
パナマ運河を通って太平洋と大西洋を行ったり来たりして、数年たつと、オレもいっぱしの船乗りになった。ちょいと世間慣れした親爺の仲間入りさ。3ドルでトラックいっぱいのバナナを買った時より、したたかなヤツになっちまった。
あれは何処の港だったかなぁ。 やっぱりバナナを買いに行った。出来るだけ出航時間に近い時刻を狙ってね。
それで、バナナ売りに取引を持ちかける。10房のバナナとアメリカ製タバコを交換しないかって。
10房って、日本の果物屋で売ってる房を想像しちゃいけないよ。1房は、バナナの木1本分のことだ。
「ウノ・シガレーチョ?」
バナナ売りは、アメリカ製タバコが高く売れることを知っている。10房のバナナとタバコ1カートンじゃ、美味い儲け話だ、と読んだ訳。
「シ、ウノ・シガレーチョ」
オレは人の好さそうな笑顔で頷く。バナナ売りは口頭で契約する。オレは言う。
「半時間後に出航だから、大急ぎで積み込んでくれ」
バナナ売りは10本分のバナナをせっせと船に運び込んだ。
作業が終わる頃には、早くも時間が迫っていて、船は錨を上げてエンジンの稼働も高まっている。
オレは甲板からバナナ売りに声をかけた。
「グラシャス、セニョール、ウノ・シガレーチョ」
オレは、桟橋のバナナ売りに、タバコを投げてやった。20本入りのマルボロの箱、1個。
怒り心頭のバナナ売りの怒鳴り声は出航の汽笛にかき消され、船は桟橋を離れた。
あれ以来、オレの船はあの港に寄港していない。
手の中のもの
「これ、さぁ」
ヒロトが、両手で何かを包み込むような形で、チカさんの前に両腕を伸ばしてきた。
羽布団工場の午後の休憩時間だった。
ヒロトは17歳、二月前からこの工場でバイトしている。高校には行ってなくて、同じ年頃の仲間と連んで暴走族をやっているのだ。だけど、何を思ったか、ここへ仲間と一緒にやってきて羽根まみれになって働いている。
少年たちの中では一番の男前。背が高く、喧嘩も強くて、族のリーダー格だ。彼が真面目に働くと、仲間も大人しく仕事している。大人を拒絶している様な仲間たちと違って、ヒロトはパートの小母さん小父さんたちとも冗談を交わすし、世間話もした。なんで、あんないい子が、族なんかやってるんだろ?と大人たちは不思議がった。
チカは工場一番の美人だけど、ヒロトよりは10歳も年上。ちゃんと彼氏もいる。だけど、ヒロトは時々彼女に悪戯をしかけてくる。ちょっと気になる存在らしい。
「え? なに? なに?」
差し出された手を、チカは覗き込んだ。ヒロトが、そっと手を開いた。
真っ白な物が、ポワ〜ンと飛び出した。
「きゃ〜〜〜〜!」
チカが悲鳴を上げて、跳び下がった。 ヒロトは「あはは」と笑いながら、手の中の物を床に払い落とした。
柔らかな羽根がふわふわと舞った。
布団に詰め込まれる純白のダウンが、彼の手の中で圧縮されていた。それが、手を開いたので、空気を吸い込んでふくらんだだけだった。チカは、見慣れたはずの商売物が、何か別の生き物に見えたのだ。
知っていると思いこんでいたものが、ちょっとしたことで違う物に見える。錯覚なのか、それが真の姿なのか、それは見る人自身が決めること。
少年たちは、やがて一人が無断で辞めたのをきっかけに順番にいなくなって行った。ヒロトは最後まで残ったけれど、やはり無断欠勤が増えて、お盆明けにはとうとう来なくなった。
一度だけ、「なんで、あの連中と連んでるの?」とヒロトに訊いてみた。
彼はこう答えた。
「見ててやらなきゃいけないんだよ」
ヒロトが、両手で何かを包み込むような形で、チカさんの前に両腕を伸ばしてきた。
羽布団工場の午後の休憩時間だった。
ヒロトは17歳、二月前からこの工場でバイトしている。高校には行ってなくて、同じ年頃の仲間と連んで暴走族をやっているのだ。だけど、何を思ったか、ここへ仲間と一緒にやってきて羽根まみれになって働いている。
少年たちの中では一番の男前。背が高く、喧嘩も強くて、族のリーダー格だ。彼が真面目に働くと、仲間も大人しく仕事している。大人を拒絶している様な仲間たちと違って、ヒロトはパートの小母さん小父さんたちとも冗談を交わすし、世間話もした。なんで、あんないい子が、族なんかやってるんだろ?と大人たちは不思議がった。
チカは工場一番の美人だけど、ヒロトよりは10歳も年上。ちゃんと彼氏もいる。だけど、ヒロトは時々彼女に悪戯をしかけてくる。ちょっと気になる存在らしい。
「え? なに? なに?」
差し出された手を、チカは覗き込んだ。ヒロトが、そっと手を開いた。
真っ白な物が、ポワ〜ンと飛び出した。
「きゃ〜〜〜〜!」
チカが悲鳴を上げて、跳び下がった。 ヒロトは「あはは」と笑いながら、手の中の物を床に払い落とした。
柔らかな羽根がふわふわと舞った。
布団に詰め込まれる純白のダウンが、彼の手の中で圧縮されていた。それが、手を開いたので、空気を吸い込んでふくらんだだけだった。チカは、見慣れたはずの商売物が、何か別の生き物に見えたのだ。
知っていると思いこんでいたものが、ちょっとしたことで違う物に見える。錯覚なのか、それが真の姿なのか、それは見る人自身が決めること。
少年たちは、やがて一人が無断で辞めたのをきっかけに順番にいなくなって行った。ヒロトは最後まで残ったけれど、やはり無断欠勤が増えて、お盆明けにはとうとう来なくなった。
一度だけ、「なんで、あの連中と連んでるの?」とヒロトに訊いてみた。
彼はこう答えた。
「見ててやらなきゃいけないんだよ」
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