気ままに思い浮かんだショート・ショートや、美味しい食べ物のことや、旅行の思い出を書いていきます。
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2010年10月2日土曜日
2010年9月20日月曜日
2010年9月19日日曜日
サンドールの野を愛す・ジェイク
果てしなく続く牧草地。そのずっと向こうに見えるのは青い丘陵。こちら側は小高い山の連なり。その麓の町、サンドール。
ジェイクは誇りを持って、目の前の風景を眺めた。
故郷に帰って来たのは、親の葬式以来だから、もう30年ぶりだろうか。景色はちっとも変わっていない。遠い記憶の中のままだ。
地元の高校を卒業すると、彼は町を出た。どんなに素晴らしい町でも、若者には退屈な場所でしかなかったからだし、仕事だってそんなに選択肢がなかった。 だから彼は西海岸の都会へ出た。そこで警察官をしていた。仕事はきつかったけれど、面白かった。彼は仕事に夢中になり、気が付くと妻が家を出ていった。二 度目の妻は結婚して数年で病没した。それ以来、彼は家族を持たず、仕事だけを生き甲斐にしてきた。そんな生活も数ヶ月前、突然終わった。
定年を迎えたのだ。
再就職を断り、年金だけで生活する。独り身だからやってこられたけれど、心にぽっかり空いた穴を埋めるには、何も役に立たなかった。運動も奉仕活動も酒も。
なんとなく生きるのがしんどくなってきたある日、行きつけのバーで隣に座ったのだ、トワニが・・・。
「やぁ、ジェイク、久しぶり。元気かい?」
サンドールのトワニが何故都会の場末のバーに現れたのか、ジェイクはその時わからなかった。ただ、トワニだったら、何処に現れても不思議でないと思っ た。だって、トワニはしょっちゅう旅に出ていたから。サンドールに訪問者があって、その人物に正体を知られたくないと感じたら、トワニはいつも数ヶ月から 数年の旅に出てしまうのだ。だから、その時も、そんな旅の途中に偶然出会ったのだと思った。
二人で世間話をした。ジェイクは己の近況を話した覚えはない。誰にも惨めな現在を話したくなかった。そして、トワニがこれから夜行バスで帰るのだと言った時、ターミナルまで護衛のつもりで付いていった。バスに乗ろうとして、トワニが言った。
「屋根の修理をしなきゃいけないんだ。冬が来るまでにやってしまわないとね。手伝ってくれるかい?」
何故だかわからないが、ジェイクは嬉しくなって、「ああ、いいよ」と答えてしまった。そして気が付いたら、そのまま一緒にバスに乗っていた。
トワニの小屋は、屋根ばかりか、井戸も棚も納屋も修理が必要だった。ジェイクは泊まり込みで働いた。一週間が過ぎ、一月たち、冬を越し、春が来て・・・。
トワニは俺を助けに来たんだ。
ジェイクは今確信していた。あのまま都会に残っていたらどんどん駄目になっていく俺を、サンドールで生き返らせようとしてくれたんだ。だって、ここで体を動かして働いていることが、町の住人と語らうことが楽しくて仕方がないのだから。
そして、昨日夕食の時にトワニが、
「俺の小屋は古いからね、次から次へと修理が必要な個所が出てくる。悪いが、このままここで暮らして手伝ってくれよ」
と言ってウィンクした。もう実家すら残っていない彼に・・・。
ジェイクは誇りを持って、目の前の風景を眺めた。
故郷に帰って来たのは、親の葬式以来だから、もう30年ぶりだろうか。景色はちっとも変わっていない。遠い記憶の中のままだ。
地元の高校を卒業すると、彼は町を出た。どんなに素晴らしい町でも、若者には退屈な場所でしかなかったからだし、仕事だってそんなに選択肢がなかった。 だから彼は西海岸の都会へ出た。そこで警察官をしていた。仕事はきつかったけれど、面白かった。彼は仕事に夢中になり、気が付くと妻が家を出ていった。二 度目の妻は結婚して数年で病没した。それ以来、彼は家族を持たず、仕事だけを生き甲斐にしてきた。そんな生活も数ヶ月前、突然終わった。
定年を迎えたのだ。
再就職を断り、年金だけで生活する。独り身だからやってこられたけれど、心にぽっかり空いた穴を埋めるには、何も役に立たなかった。運動も奉仕活動も酒も。
なんとなく生きるのがしんどくなってきたある日、行きつけのバーで隣に座ったのだ、トワニが・・・。
「やぁ、ジェイク、久しぶり。元気かい?」
サンドールのトワニが何故都会の場末のバーに現れたのか、ジェイクはその時わからなかった。ただ、トワニだったら、何処に現れても不思議でないと思っ た。だって、トワニはしょっちゅう旅に出ていたから。サンドールに訪問者があって、その人物に正体を知られたくないと感じたら、トワニはいつも数ヶ月から 数年の旅に出てしまうのだ。だから、その時も、そんな旅の途中に偶然出会ったのだと思った。
二人で世間話をした。ジェイクは己の近況を話した覚えはない。誰にも惨めな現在を話したくなかった。そして、トワニがこれから夜行バスで帰るのだと言った時、ターミナルまで護衛のつもりで付いていった。バスに乗ろうとして、トワニが言った。
「屋根の修理をしなきゃいけないんだ。冬が来るまでにやってしまわないとね。手伝ってくれるかい?」
何故だかわからないが、ジェイクは嬉しくなって、「ああ、いいよ」と答えてしまった。そして気が付いたら、そのまま一緒にバスに乗っていた。
トワニの小屋は、屋根ばかりか、井戸も棚も納屋も修理が必要だった。ジェイクは泊まり込みで働いた。一週間が過ぎ、一月たち、冬を越し、春が来て・・・。
トワニは俺を助けに来たんだ。
ジェイクは今確信していた。あのまま都会に残っていたらどんどん駄目になっていく俺を、サンドールで生き返らせようとしてくれたんだ。だって、ここで体を動かして働いていることが、町の住人と語らうことが楽しくて仕方がないのだから。
そして、昨日夕食の時にトワニが、
「俺の小屋は古いからね、次から次へと修理が必要な個所が出てくる。悪いが、このままここで暮らして手伝ってくれよ」
と言ってウィンクした。もう実家すら残っていない彼に・・・。
サンドールの野を愛す・ジェイコブ
ジェイコブ・ゴールドスタインは、ユダヤ人以外の何者でもないこの名前が嫌いだった。
サンドールは人口が少なくて、一番多いのが近くの居留地から来るネイティヴで、次がアングロ・サクソン系、アイルランド系。ラテン系やアフリカ系はとて も少ないか、いないかのどちらかで、(曖昧なのは、長距離トラックが往来する道路際のドライブイン周辺で、移動式住宅に住んでいる連中がいるからだ)ユダ ヤ人は雑貨屋を営むゴールドスタインの一家だけだった。特に差別を受けた記憶はないものの、バーでユダヤ・ジョーク(ユダヤ人をステレオタイプ化したも の)を聞かされたりすると、酷く哀しく思えた。家業が雑貨屋と言う商売なのも、ユダヤだから、と言う気がして、親が疎ましく思えたこともあった。
とは言うものの、小さな町で職業選択の幅は狭く、ジェイコブは高校を卒業すると店を手伝うことにした。ゴールドスタイン家の財力を考えれば、大学進学が無理なことはなかったが、彼は勉強嫌いだった。
ある日、ジェイコブが一人で店番をしていると、トワニが来て、カーテン用の布地を熱心に品定めし始めた。ジェイコブはキリストより長生きしているその男に話しかけた。
「トワニ、あんたは、俺の先祖に会ったことがあるかい?」
トワニはチェック柄の布を手に取りながら、振り返らずに質問を質問で返した。
「それは、死海のほとりに住んでいた人々の意味?」
「死海でも、ロシアでも、ドイツでもいいさ」
「君の先祖はドイツには住まなかったよ」
「そうかい?」
「ずっと黒海周辺にいたんだ」
「いつ頃の話?」
「15世紀頃まで。それから北上してバルト海沿岸からロシアに入った。革命の直前に、生活が酷くなって、この国に移民してきた」
ジェイコブは感心した。
「まるで、見てきたように言うんだね」
「そうかい?」
トワニはショルダーバッグから一冊の本を出した。
「昨日、図書館で借りたんだ。君のお爺さんが同級生たちと共同で書いたサンドール史だよ。それぞれが、先祖の話にも言及している。君は、お爺さんから昔話を聞かなかったのかい?」
ジェイコブは赤くなった。彼は、老人の昔語りが鬱陶しくて真面目に聞いたことがなかった。
「それじゃ、君は俺の先祖には会わなかったの?」
「世界は広いんだよ、ジェイコブ、どうして君の先祖と会わなきゃいけないんだ? 俺はナザレのイエスにもマホメットにも会ったことはないよ。」
トワニは淡いベージュとグリーンのチェック柄の布に決めて、適当な長さに切ってくれるよう、ジェイコブに頼んだ。ジェイコブが代金を計算して、値段を告げると、彼はポケットを探り、紙幣を数枚出した。
「1ドル足りないや・・・ジェイコブ、サービスで1ドルまけてくれないかな?」
「駄目、駄目」
ジェイコブは勝手な値引きは後で親に叱られると心配して手を振った。
「1セントでもまけられないよ、俺の一存ではね」
「お金には、固いなぁ」
トワニが渋々ポケットの小銭全部を出して1ドルかき集めると、ジェイコブは笑った。
「ユダヤ人だからね。毎度ありがとうございます!」
サンドールは人口が少なくて、一番多いのが近くの居留地から来るネイティヴで、次がアングロ・サクソン系、アイルランド系。ラテン系やアフリカ系はとて も少ないか、いないかのどちらかで、(曖昧なのは、長距離トラックが往来する道路際のドライブイン周辺で、移動式住宅に住んでいる連中がいるからだ)ユダ ヤ人は雑貨屋を営むゴールドスタインの一家だけだった。特に差別を受けた記憶はないものの、バーでユダヤ・ジョーク(ユダヤ人をステレオタイプ化したも の)を聞かされたりすると、酷く哀しく思えた。家業が雑貨屋と言う商売なのも、ユダヤだから、と言う気がして、親が疎ましく思えたこともあった。
とは言うものの、小さな町で職業選択の幅は狭く、ジェイコブは高校を卒業すると店を手伝うことにした。ゴールドスタイン家の財力を考えれば、大学進学が無理なことはなかったが、彼は勉強嫌いだった。
ある日、ジェイコブが一人で店番をしていると、トワニが来て、カーテン用の布地を熱心に品定めし始めた。ジェイコブはキリストより長生きしているその男に話しかけた。
「トワニ、あんたは、俺の先祖に会ったことがあるかい?」
トワニはチェック柄の布を手に取りながら、振り返らずに質問を質問で返した。
「それは、死海のほとりに住んでいた人々の意味?」
「死海でも、ロシアでも、ドイツでもいいさ」
「君の先祖はドイツには住まなかったよ」
「そうかい?」
「ずっと黒海周辺にいたんだ」
「いつ頃の話?」
「15世紀頃まで。それから北上してバルト海沿岸からロシアに入った。革命の直前に、生活が酷くなって、この国に移民してきた」
ジェイコブは感心した。
「まるで、見てきたように言うんだね」
「そうかい?」
トワニはショルダーバッグから一冊の本を出した。
「昨日、図書館で借りたんだ。君のお爺さんが同級生たちと共同で書いたサンドール史だよ。それぞれが、先祖の話にも言及している。君は、お爺さんから昔話を聞かなかったのかい?」
ジェイコブは赤くなった。彼は、老人の昔語りが鬱陶しくて真面目に聞いたことがなかった。
「それじゃ、君は俺の先祖には会わなかったの?」
「世界は広いんだよ、ジェイコブ、どうして君の先祖と会わなきゃいけないんだ? 俺はナザレのイエスにもマホメットにも会ったことはないよ。」
トワニは淡いベージュとグリーンのチェック柄の布に決めて、適当な長さに切ってくれるよう、ジェイコブに頼んだ。ジェイコブが代金を計算して、値段を告げると、彼はポケットを探り、紙幣を数枚出した。
「1ドル足りないや・・・ジェイコブ、サービスで1ドルまけてくれないかな?」
「駄目、駄目」
ジェイコブは勝手な値引きは後で親に叱られると心配して手を振った。
「1セントでもまけられないよ、俺の一存ではね」
「お金には、固いなぁ」
トワニが渋々ポケットの小銭全部を出して1ドルかき集めると、ジェイコブは笑った。
「ユダヤ人だからね。毎度ありがとうございます!」
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