2009年4月8日水曜日

気弱そうな俳優

子供時代から気になる俳優さんがいる。
二枚目でなければマッチョでもない。どちらかと言えば色白で痩せぎすで、なよなよした感じの男性だ。
役柄もそんな見た目を有効活用したかの様に、「根は善人だが意志が弱くて悪の道に迷い込んだ男」「何をやっても裏目に出て泥沼に陥る男」が多かった。
彼は役者としては名門の生まれで、お兄さんも俳優だった。どっちかと言えばお兄さんの方が有名だった。長男の風格と言うか、優しい人柄だが芯はしっかりしている、日本のお父さん、と言う役柄で昼ドラでは欠かせない俳優だったが、先年惜しくもお亡くなりになった。
「気の弱い」俳優の話に戻ろう。
彼は本当は意志が強い人なのだろう。だから、見た目で弱く見える人間の役を得意としたに違いない。見ている人をイライラさせ、時にはらはらさせる、ぼんぼんタイプの悪人だ。

子供の頃、某国営放送で彼を見た。一年物の長いドラマだった。国営放送お得意の、昭和の初めから戦後までの、逞しく生きる女性の半生記だ。
ヒロインは奈良の秘境十津川村から、奈良に女中奉公にやって来る田舎者。十津川の人にとって、奈良は都会。そんな都会の一等地で旅館を営む家の一人息子が彼の役だった。
旅館の女主人は働き者で気立ての良いヒロインを気に入って、息子の嫁にする。ところが、この息子がどうしようもないどら息子で、働かない、女遊びを止めない、お金を浪費する、の放蕩三昧。親が亡くなった後は、嫁が女中上がりなのを良いことに威張りちらし、苦労の掛け通し。
彼にとって、正にはまり役だった。手に負えない馬鹿旦那ぶりを発揮しつつも、どこか女性の母性本能をくすぐる目。ヒロインは必死で彼に尽くす。
私の親はいつもヒロインに同情して、彼に腹を立てていた。
しかし、私は、彼が面白くてたまらなかった。どんなに放蕩の限りを尽くしても、彼はどこかでヒロインを頼り、必ず戻ってくる。
こんな回があった。
ヒロインの親が亡くなり、葬儀の為に彼女は夫から暇をもらって十津川へ里帰りする。葬式を済ませて大急ぎで奈良へ戻るが、大雪で帰りが遅れる。旅館では彼がイライラして待っている。彼女が疲労困憊して戻っても、ねぎらいの言葉すら掛けず、怒鳴りつける。「酷い男だ」と私の親は言ったが、私は彼は妻を心配していたのだろうと思った。
愛情表現の仕方を知らない男。
やがて戦争が始まり、彼は兵役にかり出される。留守宅を守るヒロインの話がメインになるが、戦場で苦労している彼の姿も描かれる。終戦後、彼は九死に一生を得て、復員する。
妻に抱きしめられ、始めて生きていることを実感する。自分が誰を必要としていたか、誰から求められていたのか、やっと理解するのだ。
そして最終回、彼は歳を取り、妻にダイヤの指輪をプレゼントする。初めてのプレゼントに喜ぶ妻の顔を見て満足した彼は、穏やかな晴れた日に、庭で日向ぼっこしながら世を去る。
カメラは彼の指からタバコがぽろりと落ちるところを映す。

女の半生記だが、私は一人の男の心の成長と夫婦の絆の物語だと思った。

この素敵な「頼りない男」を演じた俳優は、最近見かけなかったので、もうこの世におられないのかと思っていたが、実はまだお元気で、どうやら舞台などで活躍されているようだ。
またテレビでもお目に掛かりたいものである。

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