気ままに思い浮かんだショート・ショートや、美味しい食べ物のことや、旅行の思い出を書いていきます。
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2010年6月13日日曜日
2010年6月6日日曜日
2010年6月4日金曜日
サンドールの野を愛す・ディック
東部の田舎町を歩いていた時のことだ。 いきなり何かにぶつかった。
思いっきり額を硬い物にぶつけちまった。目から火が出て、一瞬くらっとなった。
倒れかけて、何かにもたれかかった。ひやりとして、がっしりした物。太い木の幹の感触だった。
目を開いてみると、そこには何もなかった。何もないのに、俺は何かにもたれかかっていた。ぶつかったのも、そいつなんだ。
俺は手で探ってみた。一抱えもある太い木の幹だ。だが、目に見えない。
こいつは、何だろう。
手で探ったまま、一周してみた。 村の広場の真ん中に、見えない大木が立っている。
かなり高いし、一番下の枝は、背伸びしないと届かない。 広場には、そいつがあることを警告するような目印は一切なかった。
歩き出して、すぐに車がすれ違った。振り返ると、車は木があった場所を迂回して走り去った。この村の住人は、こいつの存在を承知しているに違いない。
村はずれにダイナー(食堂)があったので、入ってみた。カウンター席に座り、コーヒーとアップルパイを注文してから、店を切り盛りしているご婦人に話しかけてみた。
「あの広場の真ん中に、見えない木が立っているんだけど・・・」
すると女性は皿洗いの手を止めて、こっちを見た。
「ぶつかったの? 額に瘤ができているわ。」
「うん、見えなかったんで、思い切りぶつかったんだ。」
「気の毒に・・・」
彼女は氷を包んだハンカチを渡してくれた。
「これで冷やすといいわ。」
「有り難う。ところで、あの木なんだが・・・」
「あれは、ディックよ。」
「ディック?」
「古い樅の木なの。」
「見えないけど・・・この村の住人には見えているのかな?」
「ええ、見えているわ。心の中でね。」
「心の中で?」
「もう、いないのよ、ディックは。」
「・・・」
「10年前に、選ばれて、切られて、都会に運ばれて行ったの。都会の中心に、クリスマスツリーとして飾られて、一生を終えたのよ。
あそこに立っているのは、ディックが生えていたと言う、この村の住人の記憶と、ディック自身の霊なのでしょうね。毎年、この季節だけ、あそこに立っているの。私たちは、思い出すわけ、ここに、かつて実に立派な樅が立っていたって。」
食事を終えて、もう一度、広場に戻った。見えないまま、やはりディックはそこに立っていた。
そっと幹を撫でてやった。飾り付けられて、世界の中心を自負する都会で立っているよりも、このひなびた田舎町でいつまでも住人に見守られていたかったに違いないのに。立派過ぎた為に。
「君はこの町を、ここの住人を愛しているんだね。いいとも、このまま、何十年、何百年と、ここに立ち続けるんだ。君がここにいる限り、この町の人々は木を愛し続けるだろう。木を愛す人は他人にも優しくなれるだろう。
君はこの町の柱なんだ。」
---ジェイク・スターマン著「トワニに聞いた話」より---
思いっきり額を硬い物にぶつけちまった。目から火が出て、一瞬くらっとなった。
倒れかけて、何かにもたれかかった。ひやりとして、がっしりした物。太い木の幹の感触だった。
目を開いてみると、そこには何もなかった。何もないのに、俺は何かにもたれかかっていた。ぶつかったのも、そいつなんだ。
俺は手で探ってみた。一抱えもある太い木の幹だ。だが、目に見えない。
こいつは、何だろう。
手で探ったまま、一周してみた。 村の広場の真ん中に、見えない大木が立っている。
かなり高いし、一番下の枝は、背伸びしないと届かない。 広場には、そいつがあることを警告するような目印は一切なかった。
歩き出して、すぐに車がすれ違った。振り返ると、車は木があった場所を迂回して走り去った。この村の住人は、こいつの存在を承知しているに違いない。
村はずれにダイナー(食堂)があったので、入ってみた。カウンター席に座り、コーヒーとアップルパイを注文してから、店を切り盛りしているご婦人に話しかけてみた。
「あの広場の真ん中に、見えない木が立っているんだけど・・・」
すると女性は皿洗いの手を止めて、こっちを見た。
「ぶつかったの? 額に瘤ができているわ。」
「うん、見えなかったんで、思い切りぶつかったんだ。」
「気の毒に・・・」
彼女は氷を包んだハンカチを渡してくれた。
「これで冷やすといいわ。」
「有り難う。ところで、あの木なんだが・・・」
「あれは、ディックよ。」
「ディック?」
「古い樅の木なの。」
「見えないけど・・・この村の住人には見えているのかな?」
「ええ、見えているわ。心の中でね。」
「心の中で?」
「もう、いないのよ、ディックは。」
「・・・」
「10年前に、選ばれて、切られて、都会に運ばれて行ったの。都会の中心に、クリスマスツリーとして飾られて、一生を終えたのよ。
あそこに立っているのは、ディックが生えていたと言う、この村の住人の記憶と、ディック自身の霊なのでしょうね。毎年、この季節だけ、あそこに立っているの。私たちは、思い出すわけ、ここに、かつて実に立派な樅が立っていたって。」
食事を終えて、もう一度、広場に戻った。見えないまま、やはりディックはそこに立っていた。
そっと幹を撫でてやった。飾り付けられて、世界の中心を自負する都会で立っているよりも、このひなびた田舎町でいつまでも住人に見守られていたかったに違いないのに。立派過ぎた為に。
「君はこの町を、ここの住人を愛しているんだね。いいとも、このまま、何十年、何百年と、ここに立ち続けるんだ。君がここにいる限り、この町の人々は木を愛し続けるだろう。木を愛す人は他人にも優しくなれるだろう。
君はこの町の柱なんだ。」
---ジェイク・スターマン著「トワニに聞いた話」より---
2010年5月28日金曜日
サンドールの野を愛す・クリスマス
キリストより先に生まれた人間には、キリストの誕生日を2千年たった後の時代のベツレヘムから遠く離れた土地で祝っているのが可笑しく思えた。だけど、この日は離れていた家族が集まって絆を確認したり、友達と友情を温め合う日なのだ、と考えたら、大切な行事なのだろう。
トワニはサンドールと言う街が出来てからクリスマスを一人で過ごしたことがない。毎年誰かが食事に招待してくれたからだし、彼等が本当に彼に来て欲しがっていることがわかったから。だけど、体は一つだけなのだから、みんなの家を全部訪問することは無理で、それで住人は集会所で町全体のクリスマスパーティーを開いて彼と新年を祝う習慣を作った。
トワニ個人が自宅でクリスマスを祝ったのは、捨て子を拾って育てていた時と、ジェイクが同居することになってからのことだ。
今年は、いつもより少し賑やかだった。アリーが加わったから。彼女もキリストより早く生まれ、キリストより早く死んでいたので、クリスマスと言う物を教えなければならなかった。アリーは、多分、本当に理解した訳ではなかっただろうが、スーズィの指導でプレゼントを買ってきた。暖かい手袋を男二人に。彼女の趣味じゃないとわかったが、トワニは有り難く受け取った。これは最初のプレゼントと言うより、練習だ。
トワニは彼女にナイフを、ジェイクにワープロを贈った。高価な贈り物にジェイクは驚きを隠せなかった。トワニは小説家として第二の人生を歩き始めた友に言った。
「我が家の稼ぎ頭に、もっと書いてもらいたいからね」
ジェイクは照れ笑いをしてから、ちょっと躊躇って自分のプレゼントを出した。
「俺のは、金がかかっていないんだ。生活の役にも立たないんだよ」
それは、原稿だった。ジェイクが日々書きためていた詩集だった。トワニは胸がいっぱいになった。
「君は、俺に心をくれるんだね」
彼は不覚にも涙をこぼした。アリーが不思議そうに尋ねた。
「何故泣いている?」
「嬉しいからだよ」
トワニは立ち上がって、坐っているジェイクを抱き締めた。
「有り難う、ジェイク。 これで、俺はこの先もずっと君と一緒にいられるんだ。」
ジェイクも、気が遠くなる程長い時間を生きている友人を抱き締め返した。
「そう言ってもらえると、俺も嬉しいよ。ここからいなくなっても、俺はあんたと一緒にいられるんだね。」
人はいなくなっても、心が込められた言葉は残る。
2010年5月23日日曜日
サンドールの野を愛す・アリー
アリーは本当はアリーと言う名前ではなくて、真の名前を持っている。でも誰にもそれを教えるつもりはない。何故なら、その名前を持っていた人間は、3500年前に死んでしまっていて、ここに、サンドールの町でトワニとジェイクの小屋に住んでいる女性は、科学者たちが氷河の中から掘り出して最先端の科学技術で生き返らせた、別の人間だからだ。
科学者たちは彼女が研究施設から逃げた時、慌てふためいた。現代のルールに無知な古代人が何をやらかすか、わかったもんじゃなかったから。だけど、彼女は聡明で自分が置かれた状況を理解するのに時間をかけず、身を守るには現代人になりきることだと判断した。
トワニは彼女の本当の部族もその歴史も知らなかった。3500年前は、情報が伝わるのが遅かったし、死滅した部族のことを伝える物も人もいなかったからだ。地球上から永遠に消えてしまった民族。彼女と同じ時代を生きていたはずなのに、彼はその時代の思い出を共有していなかったことを残念に思った。せめて噂だけでも聞いていたならば、彼女と「思い出話」などをして、慰めてあげられただろうに。
アリーは現代人のルールをどんどん学習していったけれど、どうしても理解出来ないことはいっぱいあった。
「どうしてテレビの中に人がいる?」
「無線機から聞こえてくる声は空気を伝ってくるとジェイクは言う。では、どうして空気は煩くないの?空気ってなに?見えないのに、どうして、ある とわかるの?」
そして、一番の疑問。
「何故、私はここにいる?」
トワニは何も答えられない。そして彼女が平原を眺める時、それは3500年前の世界を見ているのだと、わかるだけだった。
「アリーを理解出来るのは、あんただけだよ、トワニ」とジェイク。
「違うね」とトワニ。
「俺はずっとこのままだ。過去から未来まで、ずっと俺の時間は繋がっている。だけど、彼女の時間は一度途切れた。全てがそこで終わった。
今いる彼女は、今生まれたんだ。彼女はこれから歳を取っていく。君と同じ時間を生きるんだ。そして君たちは俺の前から、いつか消えていく。俺を残してね。俺は君たちの時間の観念を永久に理解出来ない。
彼女は君の世界の人間なんだ。君が彼女を理解してやれるんだよ。」
ジェイクは、永遠に一人のトワニが愛おしい。サンドールの友人であり父であり兄である不思議な男が。
2010年5月22日土曜日
サンドールの野を愛す・アイラ
アイラがもう直ぐ逝ってしまうとスーズィ先生が無線連絡してきたので、トワニは大急ぎで町の中心にある古い集合住宅に行った。一人暮らしのアイラの部屋は、質素で片づき過ぎるほど片づいていた。アイラは自分が永くないことを知って、準備していたのだろう。二間しかない部屋の、小さな寝室で老人はベッドに横たわっていた。付き添っていたスーズィと隣人たちは、トワニが入室すると、アイラの耳元に囁きかけた。
「来てくれたわよ」
アイラは閉じていた瞼を開いて、ドアの方に顔を向けた。トワニが「やぁ」と言うと、彼も「やぁ」と返した。付き添っていた人々は寝室から出て行き、静かにドアを閉じた。
トワニは医師が掛けていた椅子に腰を下ろした。二人は暫く無言で見合っていた。それから、アイラが口を開いた。
「一つだけ、心残りがあるんだ」
「何?」
「アイリーン・マッカーディを覚えてる?」
「ああ、綺麗な人だったね」
「儂は毎朝マッカーディの家に牛乳配達していたんだ。奥さんのアイリーンは親切で、時々儂に朝飯を食わせてくれたり、新聞を見せてくれた。儂に字を教えてくれたのは、彼女だったんだよ」
「彼女は学校を出ていたからね」
「素敵な女性だった。聡明で美しくて優しくて・・・黒人の血を引く儂に親切にしてくれた唯一人の白人の女の人だった。儂は、無理矢理用事を作っては、帰る時間を遅らせて彼女とお喋りした。朝が楽しかったよ」
トワニは頷いた、アイラが話しているのは、70年も昔の出来事なのだ。70年間誰にも言わずに心の奥に秘めていた初恋を打ち明けていた。
「彼女は金持ちの奥さんで白人だった。儂には手の届かない人だった。だから儂は、サンドールを出た。彼女と一緒にいると、どんどん苦しくなって、あのままだと、彼女をどうにかしてしまいそうだったから。
20年たって戻ってきたら、彼女は死んでいた。儂は一度も墓参りをしなかった。あんなに親切にしてもらったのに、墓前で礼の一つも言わなかった。
だから、トワニ、儂が死んだら、儂の代わりにアイリーンの墓に花を供えてやってくれないか?」
「ああ、いいよ」
アイラが毛布の下から出した手を、トワニは握った。
「俺も、一つ君に伝えるのを忘れていたことがあるんだ。俺はアイリーンの最期にも立ち会ったんだよ」
「そうだったのか・・・穏やかな最期だったかい?」
「うん、安らかに微笑んで逝ったよ。」
アイラが微笑んだ。
「あの世では、肌の色を気にせずにつき合えるよな?」
「当然さ。俺はもう行くよ。隣の友人たちを呼び戻してくるから」
トワニは彼の手を毛布の中に戻してやった。立ち上がってドアまで行ってから、立ち止まって振り返った。
「そう言えば、アイリーンは最後にこう言った・・・黒い肌を流れる汗の輝きほど美しい物を見たことがなかった、って。誰のことを言っていたのか、あの時はわからなかったけど、あれは君のことだったんだな。」
彼と入れ替わりに入ってきた隣人たちは、老人がベッドの上で笑っているのを見て、「これから亡くなる人が、なんと幸せそうな声で笑うのだろう」と思ったそうな・・・。
2010年5月20日木曜日
サンドールの野を愛す
サンドールはアメリカ西部の何処かにある町。 牧畜とそれに付随するささやかな産業しかない小さな町。何処にでもいる平凡な善良な人々。ああ、多分アメリカで一番平和な町じゃないかな。
だって、ここには彼がいるもの。
彼が何処から来たのか、誰も知らない。だって、最初にサンドールの住人が町を造った時、もう彼はそこにいたから。彼は僕らに混ざって働いて、飲んで騒いで歌って眠って・・・もう何年何十年とここにいる。町が出来て140年? じゃぁ、彼は140年いるんだよ。
彼はサンドールの町そのものかも知れない。住人は子供が生まれたら、彼に最初に見て貰いたがる。名付け親を頼む人もいる。彼は赤ちゃんの子守をしたり、子供たちの遊び相手になったり、もっと大きくなった思春期の少年少女たちの相談相手になる。子供は大人になると、暫く彼のことを忘れるんだ。生活に忙しいからね。だけど、ある日、ふと寂しくなったり、人生に躓くと彼のことを思いだして、町外れの彼の小屋へ行って、彼が薪割りしたり大工仕事をしているのを眺める。彼は別に人生の指南なんかしないんだ。ただその日やるべきことをやっているだけ。それを見た人が何かを思い出したり、学んだりして、気持ちの整理をつけて家に帰る。
年寄りは彼に昔話を聞いてもらうのが好きだ。彼は何時間でも同じ話でもちゃんと耳を傾けてくれるからね。だけど、僕は知ってる。彼にとって、老人の昔話は、「最近の出来事」なんだってことを。
もし、彼に会いたかったら、サンドールへおいでよ。 晴れた日には、野原へ行くといい。 草の上に、歳を取ることを忘れた、永久に19歳の姿のままで生きる彼が座って草笛を吹いているから。
彼?
トワニ
って呼ばれてるんだ。
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