2008年5月24日土曜日

雉の写真 Pheasant

早朝、加古川の堤防へ行ってみる。いつもの風景だ。

In early morning I went to the Kakogawa River bank. It looked like as it used to be...



鳥の鳴き声が聞こえる。ギャーギャーうるさい。黒い物が見えたので、カメラを向けてみた。

I heard birds' voices which sounded noisy. There was something black in front of bush. I tried to take it with my camera.




なんか、こっちを睨んでいるヤツがおる・・・。

Something guy is looking toward me ....


をを! まさしく、雉じゃ!!

Wow ! He is a very pheasant !!



求愛の最中だったのね。

He is trying to win her love....



男は常に女を追いかける。

He always must chase her....



彼は孤独。

He must feel loneliness.



雉の夫婦。

Mr.and Mrs.Pheasants.


2008年5月21日水曜日

尾行・終わる?

バス停が近づいてきた。

 教授はボタンを押し、鞄を抱えて立ち上がった。いつも走行中に出口前に行かねば不安な質だった。
 教授を密かに慕う女子学生も腰を浮かせた。今日は先生の家の場所を確認しておきたい、と言う欲求を抑え難かったのだ。
 彼女の後を追って後先考えずにバスに乗ってしまった男子学生も、彼女が降りる気配なので、先に降りていよう、と思い立ち、教授の後を追って立ち上がった。
 教授が降りるバス停で降りる住人のふりをしている探偵も、当然のごとく立ち上がった。
 バスが減速したので、男子学生の護衛についているヤクザのベンツも減速した。

 バックミラーにベンツが映った。ちょっとそこらでは見かけないピンクのメルセデスだ。ふざけたカラーリングのボディーに、バスの運転手はびっくりした。見覚えがあったのだ。先日掛け金を踏み倒して逃げた賭博麻雀を仕切っていたヤクザだ。

 バスが急停止したので、ベンツが追突した。教授は転倒し、男子学生は座席から転がり落ちた老人を慌てて支えた。探偵は危うく手すりに頭をぶつけそうになり、女子学生は立ち上がりかけていた座席に尻餅を突いた。
 運転手は降車口のドアを開けると、一目散に走り去った。

 ちょっと大騒ぎになった。誰かが携帯電話で怒鳴り立て、怪我をしなかった乗客たちは怪我をした教授や年寄りを車外に連れだした。間もなく救急車とパトカーが来た。
 一番大怪我をしたのは、ベンツのヤクザで、教授も打撲傷を負った。男子学生がきびきびと乗客に指図したので、応急手当が女性客たちの手で素早くなされ、大事に至らなかった。
「ベンツが追突したのですか?」
 警察の質問に、探偵が答えた。
「バスが急停車して、それから後続車が追突したんですよ」
 若者はベンツの運転手が父親の会社の従業員だと証言した。彼はヤクザの意図をすぐにわかったけれど、それは言わなかった。これで彼女に近づくのは無理になってしまったな、と悟ってしまったので、ちょっと哀しかった。
 彼女は、事故を聞いて駆けつけた教授の奥さんが南方系の外国人美女だったので、がっかりした。文化人類学の教授は研究調査で知り合った現地人と結婚していたのだ。
 探偵は、教授の奥さんが、数日前に大天災で被害を被った母国の救済を訴えてテレビに出ていた女性だと気が付いた。
 教授の研究費着服は、私欲でなく、妻の祖国への救済基金に寄付されたのだろうか?
 
 混乱が静まり、各自が家に戻る頃、警察は逃亡した運転手の足取りを追跡し始めていた。

尾行5

 ちんたら走るバスの尾行やなんて・・・全くうちの親分ときたら、若のことになると親馬鹿丸出しやからなぁ・・・。
 若は、同じがっこの女の子に夢中なんや。俺は知っとる。美人やから、無理はないやろけど、あの子は若のことを知らんし、この数日弟分に調べさせたら、あの子も誰かを追いかけとるって言うやないかい。
 若、諦めんかい。ええ女やったら、なんぼでもおるって。

 あー、バスのけつ付くのって嫌なんや。排ガス、もろ浴びやないかい!なんでこんな臭い思いして、成人した若のお守りせんといかんのや。

 あー? バスのケツに何や書いとるな・・・○山×男? なにぃ?
運転手の名前やな。こ前の、賭け麻雀の支払い、踏み倒して逃げたヤツとちゃうんけ?
 おい、こら、待たんかい、こら!!

尾行4

 あの文化人類学の教授が研究費を着服している疑いがある。だが、真面目で研究一筋の男が何に金を使ったのか、わからないので、手がかりを調べて欲しい。大学側としては、事を表沙汰にしたくないので、出来るだけ穏便に解決出来る手段を考える資料として、調査結果を期待している。

 そんなことを言われて依頼を受けたのが、四日前。ずっとあの先生を尾行しているが、なんにもない。
 家と学校を往復するだけ。学校じゃ、講義に出る以外は研究室か図書館に籠もって本を読みあさっている。
 浮気も賭け事も何にもしてない。まぁ、四日だけじゃ、なんとも言えないがね。しかし、退屈だし、報告書にも書くことがない。
 困ったことに、いつも乗るバスってのが、ローカル線の極みで、乗客のメンツが全く同じ。
 違うのは、今日は若い男が一人、発車間際に乗ってきたこと。しかも、そいつ、前の席の女ばかり見ている。 あれ、ストーカーじゃないのか?
それに女も・・・毎朝毎夕見かける顔だが、教授の方をチラチラとよく見ている。
 学生か? それにしては、教授は知らん顔だが・・・。
 まさか、あの女が、貢がれている愛人ってことじゃ・・・。
 
 そんなことを思っている間に、もう停留所だ。 教授はここで降りる。俺も近所のアパートに帰るふりをして降りる。あのアパートは住人の出入りが激しくて、怪しまれないんだ。 なにしろ、ローカルだからな、人数が少ないので、つきまとうと目立つんだ。
 
 教授は降りる気配だ。 ん? 女も? やはり、逢い引きか?
 おーおー、ストーカー君も身構えている。俺も・・・。

おや? 後ろのベンツ、さっきからこのバスの後ろをぴったりと・・・追い越しもしないで付いてくる・・・。

尾行3

 どうも誰かに見られているような気がする。家と大学の行き帰り、誰かに見られている。つけられているのだろうか?
 特にそんな気が強く感じられるのは、バスの中。
 さりげなく振り返って見る。
 短い路線だ。顔ぶれは大体わかっている。

 ちょっと化粧が濃いのは、ホルモン焼き屋の奥さん。夕方、忙しくなる時間の一寸前に家に一時帰宅して子供にご飯を食べさせる。店はバス停3つ向こうだから、そんなに時間はかからない。
 くたびれた顔で外を眺める中年男二人。どちらも近所の会社員だ。不景気で残業がないので毎日定刻帰宅。奥さんが鬱陶しがっていることだろう。
 買い物帰りらしい主婦数名。大体見かける顔だ。
 終点まで乗っていく女子学生。高校生時分から同じバスによく乗り合わせている子。今は窓の外を見ている。
 彼女の後ろの席の若い男は・・・あれ? 一瞬目があって、逸らしたな。
あいつが、私を見つめていたのか? 何故だ?
そう言えば、見かけない顔だ。あぼ男が私を尾行しているのか?
 それとも・・・一番後ろの席で、俯いている、これも見かけない男。背広姿だが、ネクタイはしていない。怪しいじゃないか。
 まさかな・・・あの件が大学にばれたか?
 
 ああ、そろそろ降りる停留所だ。 降りてみればわかるだろう。 あの二人の男のどちらかが、私を盗み見していたことを。

尾行2

 終点(始発点とも言うわね)の次のバス停で、毎朝発車間際に駆け込んで来るメガネの小父さん。
 ネクタイ曲がってたり、乗り込んでから結んでたり、ソックス左右違うの履いていたり・・・おっちょこちょいの変な小父さんだと思ってた。
 大学入って、驚いた。
 だって、その小父さん、文化人類学の教授だったんだもの。
 文化人類学って、教養単位で、必須科目じゃないからって、友達は軽く見てるけど、それは間違いよ。こんなに面白い学問はないわ。
 それに、教授が凄いじゃない! バスの中じゃ冴えない中年なのに、教壇では私にとって未知の世界、知らない文化を詳細に解説してくれる。ドイツ語の本もフランス語の文献も原語で読んじゃうし、ボルネオの先住民の言語まで喋っちゃうんだ。それに説明している時の教授の目。キラキラ光って、玩具の話を夢中になって語る子供みたいで可愛い。

 恋・・・なのかな。教授が好き。どんな家に住んでいるんだろ。どんな奥さん(・・・いるんだろうな、やっぱ・・・)と暮らしてるのだろう。
 知りたい、知りたい、先生の私生活、知りたい。
 
 たった一つバス停が違うだけなのに、教授が降りる停留所で降りられない。だって、客が少なすぎる。教授は私のこと、気付いていない。学問に夢中で学生の顔を覚えられないのかって? 違う、違う、私が降りる終点まで乗る客が多いの。だから、私はバスの中では「その他大勢」で、教授は気付かない。だけど、一つ手前で降りたら、人が少ないから、すぐ気付かれるだろう。
 どうすれば、先生と同じ所で降りられる?

尾行1

 好きな女の子がいる。 同じ大学の文学部の学生だ。 色白で清楚な感じ。美人だし、物腰も優雅。どんな性格かな。偏見だけど、美人だから心も綺麗に違いない、と思ってしまう。
 だから・・・

 彼女がどこに住んでいるのかとか、どんな行動を取るのかとか、そんなことを知りたい訳ではなかった。
 彼女に話しかけるきっかけを探して、ただついて歩いただけだ。
 ストーカーだと思われないように、随分気を遣った。大学から駅までは、同じ道を歩いても怪しまれない。毎日目についても学生は大勢歩いているから、尾行しているなんて思わないだろう。
 電車が同じでも、平気だ。彼女が下りるT駅は、住宅街の中にあって、そこには学生用マンションもたくさんあるから、同じように下車してもおかしくない。
 問題はそこから。本屋だとか、コンビニだとか、彼女が立ち寄る場所をさりげなく通過したり、入ってみたり・・・。思い切って声をかければいいものを、勇気が出なくて・・・そしてとうとう・・・。

 今日、今、同じバスに乗ってしまった。
 乗る直前に気付いたが、この路線は市バス路線で一番短くて、他のどの路線とも交わっていない。バス停は5つだけで、折り返し同じ道を往復しているだけのローカル路線だ。 多分、乗客は互いに顔見知りで、誰が何処で乗り降りしているのか、知っているだろう。

 どうするよ? 住宅街だ。 降りてみても、何もない。 尾行しているって、まるわかりじゃん。
 やべ・・・彼女が振り返った・・・。

2008年5月18日日曜日

古文書

「この古文書を読み解いてください」

 と見知らぬ美女から、巻物の様な物を渡された。ごわごわした羊皮紙の様だ。力を入れると破れそうなので、静かに紐を解き、広げて見た。
 初めて目にする文字だった。何語なのか、さっぱり分からない。西洋の文字ではないし、アラビア語でもないし、漢字でもない。

「この文書は何処で?」

 尋ねると、美女は困った様に目を伏せた。

「図書館にあったのです」
「どこの?」
「この町の・・・」

 この町の図書館は文学専門じゃなかったのか?こんな考古学的資料など置いていただろうか。
 もう少しよく調べようと文書を注意深くめくってみた。
 ページの間に何か硬い物が入っていた。紙の隙間から取り出してみると、それは鱗の様に見えた。

「ああ、解いてくださったのですね!」

 彼女が嬉しそうに叫んだ。 なんのことか、と尋ねようと振り返ると、そこに彼女の姿はなく、一匹の竜がいた。

「有り難う」

 と竜が人語で言った。

「尻尾の鱗が挟まってしまって、自分では取れずに1000年間、その文書と共に過ごしてきました。誰もその文書を開こうとしなかったので・・・。
お陰で自由になれました。何か、一つ御礼を差し上げましょう。好きな物を仰ってください。」

 そう言われても、こっちは腰が抜けているから考える余裕もない。思わず口から出たのは、

「ううう・・・」

「鵜ですね!」
 竜はにっこり(?)笑って、鵜を三羽出すと、机の端に留まらせた。

「では、恩返しは済みました。さようなら!」

 竜は窓から飛んでいってしまった。

夜道

 これは「実際にあったこと」と人から聞いた話だが・・・。

 乾燥室で働くNさんが、ある夜、飲み屋で仲間と一杯ひっかけて、ほろ酔い気分で自転車に乗ってたんぼ道を家路についていた。
 竹藪のはずれで、道端に女の人が立っているのが見えた。近づくと、知り合いのスナック店員で、彼女も家路についているらしい。
 「今晩は。 一人で歩いて帰るの?」
声をかけたら、彼女が振り返ってにっこり笑った。
「あら、今晩は。うちはこの近くなの。心配しなくても大丈夫よ」
 そして彼女はこう言った。
「そちらも、お一人? 良かったら寄ってかない?」
Nさん、ちょっとどきどき。普段なら、そんな誘いに乗らないんだけど、酔っていたので、ついふらふらと・・・。
「いいの?悪いなぁ・・・」
 彼女の家は本当にすぐ近くで、座敷に上げてもらい、そこでまた酒とおつまみを出された。
 それからNさんがいよいよ酔いが廻って自転車に乗るのが辛いな、と思い始めた頃、彼女がまた誘った。
「良かったら、お風呂が沸いているから、入っていきなさいな」
 Nさん、遠慮無くお風呂に入った。ほど良く温かで、気持ち良くなって、お湯に浸かったまま、寝込んでしまった。

「あれ、Nさん、なんでそんなところに入ってるの?落ちたの?」

 誰かの大声で、Nさんは目覚めた。



 田んぼの中の、肥だめの中で・・・。

座っている神

 気が付いた? あそこの電柱のてっぺんに女の人が座っているの、見える?
 電柱のてっぺんにお尻も足も載っけて膝抱えて座ってるの。白い着物きてるでしょ。幽霊なんかじゃない思う。だって、神々しく光っているもの。
 じゃぁ、何の神様かって?
 何の神様かなぁ・・・。

 神様、何を考えているのかなぁ。
 あっちの工場の方を見ているような気がする。
 あの工場、もうすぐ閉鎖されるんだって。親会社が製造基盤を外国に移しちゃって仕事がなくなったんだ。100人くらいかな? 失職しちゃうんだ。新しい職場ね・・・何人かは同業者が引き受けるらしいけど、それも若い人や、専門技術持った人だけだろ?
 残った人は辛いよね。家族もいるのにね。引っ越して行く人もいるんだろうね。

 ああ・・・工場の庭の隅に祠があるの、知ってた?なんだか知らないけど、昔からあそこにあったそうよ。工場の人が代わりばんこにお水やお供えをしていたって。社長さんは毎朝拝んでたそうよ。
 工場がなくなったら、あの祠、どうなるんだろうね。

 あ! 神様が立ち上がった。 工場の方へ飛んでいったよ。





 知ってる? あの工場、この前、凄い発明したんだって! それで、注文が急に増えて、親会社が閉鎖を取りやめたんだって。規模は縮小されるけど、工場は残って、従業員も全員新しい職場や配置換えで仕事が確保出来たんだってさ。

 だからさ、言ったじゃない、あれは神様だったって!!

2008年5月15日木曜日

献花する人

「ここに、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家があったんだって」
 彼女が示した場所は草ぼうぼうの空き地だった。緑色の金網を張ったフェンスが取り囲んで置かれていた。西隣のタバコ屋は新しい建物だ。東隣は駐車場。北側は、これも新しいマンション。南が空き地なので、きっと日当たり良好だろう。マンションの両側がちらりと見えたが、駐車場と更地だった。やはり、元通りの街並みには戻っていないんだ。
「3軒続きの長屋みたいな家でね、お祖父ちゃんお祖母ちゃんは真ん中に住んでたんだ。ちっちゃな庭付きの小綺麗な町屋だったよ。こじんまりした門があって、敷石を二枚歩くと引き戸の玄関があったの。玄関上がると短い廊下でさ、お座敷二間だけの家。それでも広い方に床の間があって、仏間もあったの。押入もちゃんとあったよ。狭い方のお部屋はお祖母ちゃんの仕事場ね。和裁をしてて、頼まれ物の着物を手で縫ってたの。
 台所は反対側、どっちの部屋からも直接行けるのよ。板間で薄暗かったけど、そこでお祖母ちゃん、いつもコトコトお芋やカボチャを煮込んでいたわ。
 台所の横にお風呂があったけど、お祖母ちゃんはそこは洗濯場にして、お風呂は街のお風呂屋さんに行ってた。風呂桶が壊れて、修理するよりお風呂屋さんに行ってお友達と会うのが楽しかったんでしょうね、きっと。
 トイレは庭の所に突き出た形であったわ。廊下の突き当たりがLの字に曲がってたの。昔のぼっちょんトイレね。手洗いは、庭に手水石があって、そこの上に水を入れた提灯みたいなのを吊して手を洗うのよ。え? 見たことがない?そうでしょうね。
 庭は楓や竹が植わってて、根本の岩の上に蛙の焼き物が載ってた。お祖父ちゃんは、私が欲しがってもくれなかったけど。」
 彼女はフェンスの足元に花束を置いた。
「どうして、ここが更地になったかって?
 あの地震を覚えているでしょう?ここはあの時の激震地だったの。この辺、全部崩れて焼けたのよ。
 うちのお祖父ちゃんとお祖母ちゃん?
 ああ・・・地震の時はもう引っ越して私の家の隣に住んでたわ。だから、あの時ここに誰が住んでたのか、知らない。」

幽霊

 部屋の隅に正座して、ずっと壁を見つめて座っていた。和服姿の女性だ。
 壁に何かあるのかと思ったが、薄っぺらだから死体が埋め込まれているように見えなかったし、穴も開いていたし、金目の物とか古文書が入っているようにも思えなかった。だって、去年建てたばかりのプレハブの事務所だからね。
 最初のうちはみんな気味悪がっていたけど、そのうち慣れて、「うちの事務所には幽霊がいるんですよ」なんて誰かが宣伝したものだから、見物人は来るし、テレビも取材に来た。
 幽霊は動じなくて、誰が話しかけても振り返らなくて、ずっと壁を見ていた。
 物珍しさから客は増え続け、顧客もできた。
 小さな解体専門の会社が、どんどん売上が伸びて行ったんだ。
 そのうち、近所のお屋敷が代替わりしたので、新しい場所に引っ越して跡地を更地にしたいと言ってきた。
 こんなちっぽけな解体屋が初めて請け負う大仕事だ。みんな張り切って機材を手配して築200年の大きな商家を解体した。
 そして、出てきたんだ。奥座敷の壁の中から骸骨が・・・。
 警察の話では、とても古い骨で、依頼主にも心当たりはなくて、でもご先祖の使用人に行方不明になった人がいたとかで・・・。
 今となっては犯罪だったのかな、て言う程度か。物好きな人が歴史を調べるだろうな。
 あ、幽霊は、骸骨が出た夜、初めて立ち上がり、僕らの方を振り返って深々とお辞儀して消えたんだ。
 綺麗な娘さんだった。

密談

 車から降りると、取引相手もベンツから降りてきた。
 お互いに警戒しあいながら、相手なのだと確認しあう。

「誰にも見られたり、後をつけられなかっただろうな?」
「大丈夫だ。女房にすら気取られていない。」
「例のもの、持ってきたか?」
「勿論だ。そっちは? ちゃんとキャッシュも持ってきたんだろうな?」
「当然だ。金がなくちゃ、話にもならん」
「では、おまえの物を見せろ」
「いや、そっちが先だ」
「では・・・3で一緒に出そう。1・・・2・・・3!」

 二人は紙切れを互いの目の前に差し出した。

「ううう・・・ちょっと高いんじゃないのか?」
「これが現行の相場だ。仕方がないじゃないか、アメリカとの取引はまだ停止中なんだ。そちらこそ、ちょっと法外じゃないのか? 中国産で誤魔化すつもりじゃないだろうな?」
「馬鹿言え、これは正真正銘、丹波産だ」
「では、ブツを渡そう。そっちとの差額代金も払う」
「いいとも、これで助かった。品切れでにっちもさっちも行かなかったからな」

 二人の男は包みを交換した。

 丹波産松茸と近江和牛ロース肉である。

1ドルの輝き

 惑星ヤバンは大昔、惑星サーンの流刑地だった星で、カムンは流刑囚だった人々の子孫が原住民化した民族だ。ヤバンの自然は砂漠で生存が大変難しい土地なので、カムンは長い年月の間に、少しばかり進化していた。と言っても、そんなに目立たなかったけれど。
 最近サーンから移住した人々の人口比率がヤバンの全人口の9割を越えたので、今やカムンは少数民族で、なかなか会えない。
 だけど、俺は宇宙港でドックの清掃員をしているカムンと友達になった。
 カムンを信用するな、とサーン人たちは忠告してくれたけど、リビってカムンは気のいいヤツだった。確かに、時々カムンの”超能力”とやらで、狡いことはしたけど。
 
 ある日、俺はリビとちょっとゲームをして遊んだ。まぁ、率直に言えば、博打をしたんだけどね。それで、リビが勝つはずのない勝負で勝った。何かやったんだろうけど、見抜けなかった。それに大した賭けじゃなかったから。
 俺は負けたから、リビを連れて飲みに行った。リビは大人しく飲んでいた・・・と思ったら、いつの間にやらかなり飲んでいた。
 で、支払いの段になって、俺は財布がないことに気付いた。落としたか、摺られたか・・・。青くなった俺にリビが言った。
「摺られたのなら、摺られた瞬間に俺が気付いたよ。きっと落としたんだ」
 サーン人なら、彼を疑っただろうが、俺は彼の人柄を信じていたので、探しに行くことにした。店の人は俺の操縦士免許を質に取って、「今夜中に払え」と言った。
 
 俺たちはドックまで来た道を辿った。ドックは真っ暗だった。
「落としたのなら、もうここしか探す場所は残ってないなぁ」
「だけど、真っ暗だし、広いし・・・」
俺はもうべそをかいていた。免許がなけりゃ、明日から飯の食い上げだ。すると、リビがこんなことを訊いてきた。
「コイン持ってる? 金属のお金」
 クレジットの時代だけど、惑星ヤバンでは、まだ古代貨幣が流通していて、俺も着陸した時に少しばかり換金して持っていた。だけど、こんな時にコインなんてどうするんだ?俺は1セント硬貨を出した。リビは、「1セントか・・・」と呟いて、それを両手で揉み、ドックに投げ入れた。
 パァっと光がドックの内部を照らし、一瞬、俺の財布が床に見えた。
 アッという間に光は消えて暗闇。俺は驚いて尋ねた。
「今のは?」
 リビが、やや皮肉っぽく答えた。
「1セントの光だよ。安いからすぐ消えた」
 俺はポケットを探って、1ドルコインを見つけた。
「これ、投げて!財布の位置を確認出来るくらいの灯りが出来るだろ?」
「まぁね」
 リビは、1ドル硬貨を揉み、投げた。

 俺は無事財布を取り戻し、飲み屋に支払いをした。1セントと1ドルは、どうやらリビが後で拾って自分のポケットに入れたらしいが、俺は何も言わないでおこう。

2008年5月13日火曜日

「いいかな?」

 学生時代の旅の思い出と言うなら、私にも少しばかり・・・。

 妹がY県の大学に入ったので、夏休みに遊びに行った。あちらで妹と合流して、少し遊んで一緒に帰ると言うプラン。
 初日は妹が住んでいた大学の寮に泊めて貰った。国立大学の学生だったら学生証を見せるだけで、全国どこの国立大学でも寮に泊めてもらえるシステムだった。(勿論、異性の寮はいけません。)
素泊まりで、ただ寝るだけ。夏休みなので職員はいなくて学生だけだった。

 夕食は、妹が選んだレストランに行った。多分、妹はずっと以前からそこに目をつけていて、金蔓が来るのを待っていたに違いない。(笑
 ドアの前に立った時、彼女は私の顔色を窺うように声をかけた。

「ここで、いいかな?」

 料理は、フレンチっぽい洋食。フレンチと断言出来ないのは、つまり・・・なんとなく「和」が入ってると言うか、田舎の人が「フレンチって、きっとこんなんだろう」と考えて作った様な、そんな野暮ったいところがある料理だったから。
 だけど、美味しかった。 妹は大好物のローストチキンがクリームスープにどっぷり浸かった不思議な料理を満足そうに食べていた。
 う〜ん、やっぱり、こんな牛乳味の豚汁みたいなもの、フレンチじゃないぞ。
 それでも、うん、美味しかったから、文句は言わないでおこう。

 寮まで歩いて帰る時、妹がまた言った。
「ケーキ買っていいかな?」
 勿論、私の財布から・・・と言う意味。(笑
 ケーキは、「これがケーキ屋さん?」と思えるほど、普通の家っぽい店で売られていた。

 Y県は、神戸っ子には、カルチャーショック連続の土地だった。
 
 ・・・と書いても、いいかな?(笑

嗤う遺伝子

 優れた遺伝子が発見された。 それは銀河系の辺境の惑星でのことだ。
 住人は、かつて地球から移民した人々の子孫。
 この星は公転周期が長くて、夏が20地球年、冬が40地球年。 余りに厳しい冬の為に植民政策が断念され、取り残された移民たちが、生き延びる為に自分たちの遺伝子を改造したのだ。
 紙やメモリー装置が限られていたために、彼等は自分たちの研究、発見、発明、歴史の全ての記録を遺伝子に刻んだ。
 即ち、この星の住人は全て生まれながらにして親の記憶を持っているのだ。
 彼等を再発見した人々は考えた。
「個人的な記憶は必要ない。しかし科学技術の記憶を生まれながらに持つことは、学習時間の節約になるではないか!」と。
 遺伝子を改造した記憶を参考にして、共同で研究が進められ、全人類の遺伝子に「学習節約遺伝情報」が組み込まれることになった。
 きっと、時間が有効に余ったら、人類は更に発展するだろう。
 誰もが期待した。

 しかし、一つだけ、忘れられていた遺伝情報があった。忘れられていたので、誰も思い出さなかった。
 それは・・・

「再び同胞と再会し、人類のオリジナルの遺伝子と接触したら(つまり婚姻によって子供ができたら)、この情報伝達遺伝子は役目を終わり、自動消滅すべし」

 全人類の遺伝子に無理矢理組み込まれた、この情報は・・・。

未完の大作

 アイデアが湧き出るままに、創作に取りかかることがよくある。
 後から後から構想が沸いてきて、自分ではどうしようもなく、どんどん手が進む。
 かなり大量に出来上がったところで、突然、アイデアが涸れる。 どうしようもない、どんなに考えても、それ以上は何も出てこない。
 また、この作品は没なのか。
 完成されることもなく、世間に未発表のまま、朽ちていくだけなのだな・・・。




「ちょっと、誰よ、蜜柑で彫刻なんてしたのは??
 腐りかけているじゃない、さっさと棄てなさい!!!」

貧乏旅行?

 これは実話。

 Kさんは高校時代、休みになると友人二人と一緒にいつもバイクでツーリングを楽しんでいた。
 資金はアルバイトで稼ぎ、宿は出来るだけ安い場所、寝袋で眠れたら良し、として贅沢厳禁の質素な旅だった。
 一度などは、台風が近づいてきて、野宿が危険と思われたので屋根のある場所を求めて駐在所に行ったこともある。その時は、近くの学校の宿直に紹介され、学校で泊めてもらった。
 質実剛健、悪く言えば、貧乏旅行だった。

 ある時、それは東海地方の街の出来事だった。
 駅前にバイクを停めたKさんたちは、食事を摂ることにした。けれど、付近の飲食店に駐車場を持っていそうな店が見あたらなかったので、Kさんは、友人二人に先に食事を摂らせ、自分はその間バイクと荷物の番をすることにした。
 一人で地面に座っていると、ホームレスの小父さんが通りかかった。
「坊主、何してるんだ?」
「バイクの番してるんや」
 小父さんは3台のバイクを見た。
「友達は何処かへ行ってるのか?」
「うん、飯食いに行った」
「おまえは何で食べに行かないんだ?」
 そこで、Kさんの心に茶目っ気が生じた。
「僕は、金ないんや。だから、食べたくても食べられへんねん」
「友達は金持ってて、飯食べてるのか?」
「そうや」
「それは酷いなぁ」
 ホームレスの小父さんは服のポケットをがさごそと探って、百円玉を数枚出した。
「おっちゃんが金出してやるから、これでラーメンでも食ってこいや」
「え?!」
Kさんは驚いた。ホームレスの小父さんは、どう見てもKさんより裕福に見えない。失礼ながら、毎日食べる物を確保するのに苦労されている様に見えた。
 それなのに・・・。
「せやけど、おっちゃん・・・」
「早く行ってこい。バイクと荷物は儂が見張っててやるから。友達に見つかる前に戻って来いよ」
 断ると却って失礼な雰囲気だった。Kさんは小父さんからお金をもらい、近くのラーメン店に駆け込んだ。
 美味しいラーメンでお腹がふくれたKさんが駅前広場に戻ると、ホームレスの小父さんはまだそこにいて、Kさんを見てニコニコ笑った。
「どうだ、上手かったか?」
「うん、美味しかった。ご馳走様」
「おまえ、関西から来たのか?」
「うん。これから帰るとこ」
「気をつけて帰れよ。そうだ・・・」
 小父さんはまたポケットを探り、また小銭を出した。
「少ないけど、小遣いやろう」
「え?!」
「いいから、儂もたまには、若い者にこう言うこと、してみたいんだ」
 小父さんはKさんの手にお金を握らせ、「んじゃ、元気でな」と言って歩き去った。
 友達が戻って来た時、Kさんはご機嫌だった。
「何かあったんか?」
「別にぃ・・・」
「飯食ってこいや」
「ええねん、腹一杯やから」
「さっきは腹減った、て言うてたやんか」
「せやから、もうええねん」

 Kさんは今でも時々考える。

 あの小父さんにも息子がいたのかな・・・
 あの小父さんも旅をしていたのかな・・・

遺産

父の遺産相続の為に姉妹が集まった。
 長女の桃子。父と性格が似て頑固なので、父の晩年は対立して電話すらしなかった。勿論、父が病に倒れてからも見舞いにも来なかった。
 次女の梨花。体が弱く、それを理由に近所に住んでいるにもかかわらず、一度も父の看病の手伝いに来なかった。今も神経性の胃炎で悩んでいると愚痴をこぼしている。
 三女の栗子。海外赴任の夫と共に帰国したのは、父の49日の直前、つまり昨日。葬式に間に合わなかったのは許すとして、どうして遺産がもらえるかも知れない時に帰ってくるの? もっと早く帰って来られたでしょ?
 四女の杏。一番父に可愛がられていたので、自信満々の表情だけど、ダンナの会社は火の車。内心はきっと穏やかじゃないわね。全額もらえる訳はないしね。
 五女は、花梨、つまり、私。末っ子だけど、家に残って一人で父の世話をした。葬式の手配もしたし、桃子姉に言われて喪主も務めた。これでみんなと同額じゃ、割に合わないわ。

 弁護士が封筒を開封するのを、全員が固唾を飲んで見守った。
 白い便箋を手にして、弁護士が読み上げた。

「娘たちの健康で豊かな人生を願って、ここに全ての遺産を以下の者に贈ることにする。

 次女 梨花」


 そんな馬鹿な!!

 私たち姉妹の叫びを無視して、弁護士は次女梨花に小さな手提げ金庫を渡した。株券とか土地の権利書なら十分入る大きさだ。
 梨花は得意満面で、金庫を開いた。彼女の顔色が変わった。

「何よ! これは?!」

 梨花姉がテーブルの上に投げ出した金庫を覗いて、私たちは唖然とした。
 そこには、金色に光る粉が入ったガラス瓶と一通の覚え書き・・・

 毎食後半時間以内に必ず服用のこと



 胃散だった。

2008年5月12日月曜日

雨の夜

バス停に着くと、貼り紙がしてあった。
「北山発のバスは県道377が土砂崩れの為に通行止めとなり、運休しています。南川方面へお越しのお客様は、東丘発のバスにご乗車ください。ご迷惑をおかけし、申し訳ございません」
慌てて書いたのだろう、ちょっと字体が崩れていた。
東丘発のバスは本数が少ない。次の便まで1時間あった。この肌寒い雨の中を1時間も待てるか?
ボクは先に来ていた若い女性に声をかけた。
「バスが来るまで、そこの喫茶店で雨宿りしませんか?」
暗かったので、彼女が黒っぽいワンピースを着ているとしかわからなかった。美人に見えた。下心は断じてなかった。暗い道ばたで一人でバスを待つなんて、しかも雨の中で、それは男でも嫌だろう?
女性は「そうですね」とか言いながら、ボクの後ろを付いてきた。
喫茶店は古い店だった。もう20年はそこで営業しているが、前回入ったのは10年前だったろうか。カウンターも4つあるテーブルも内装も古ぼけてしまったが、昔のままだった。頭がかなり寂しくなってしまったマスターがカップを拭きながら、「いらっしゃい」と言った。
カウンターの端に男の客が一人いて、コーヒーをすすっていた。背中を丸めて裏日れた感じだった。
ボクもカウンターに着いた。マスターが水のグラスを用意しながら、尋ねた。
「お一人でいいですか?」
「え?」
振り返ると、女性はいなかった。慌てて店内を見回したが、彼女は消えていた。
「あれ、あの人は?」
マスターが何か言う前に、隅の客が呟いた。
「入ってすぐ出て行った・・・」
「そうですか・・・」
がっかりしなかったと言えば嘘になる。でも、初対面の男とこんなわびしい店に入りたくないのだろう、と自分に言い聞かせて納得した。
熱いコーヒーを時間をかけて飲んだ。無言だった。客も無言でマスターも黙っていた。ただ、彼は時々ボクに何か言いたそうに視線を投げかけて来たが、ボクが気づかないふりをしたので、結局何も言わなかった。
お代を払って外に出た。
まだ雨は降っていたが、小降りになっていた。
バス停に彼女が立っているのが見えた。
ボクがそばに行くと、彼女が声をかけてきた。
「さっきは黙って出てしまって、ごめんなさい。」
「いや、いいんです。」
「あなたが嫌で逃げたんじゃないんです。それだけ、言いたくて・・・」
ボクは彼女を見つめた。彼女は喫茶店を見た。
「あの店は以前にも行ったことがあるんです。あの時も、彼はいたんです。」
「彼って?」
「カウンターの客。」
「?」
「見えませんでした?」
「どう言う・・・」
ボクはマスターが何か言いたそうにしていたことを思い出した。マスターは彼女のことではなくて、あの客のことを言いたかったのか?
彼女がボクの思考を察したのごとく、説明した。
「マスターにはあの男の人が憑いているんです。いえ、あのお店に憑いているんでしょうね、きっと。ただあそこに座ってコーヒー飲んでいるだけなんですけど。でも、私はそばにいたくないんです。話しかけてきて欲しくないんです。あの手の人は、会話をしてくれる人に憑くんです。」
そして彼女は頭を下げた。
「変なことを言ってごめんなさい。忘れてください。」
そこへ、バスが近づいて来た。
「やっと来ましたね」
「ええ」
バスが停車して、ドアが開いた。彼女が手で「どうぞ」と譲ってくれたので、先に乗り込んだ。
ドアが閉まった。ボクはびっくりした。
「おい、彼女も乗るんだぞ!あの女の人も・・・」
運転手が言った。
「よしてくださいよ、お客さん。あなた一人しかいなかったじゃないですか。」

ウノ・シガレーチョ

 初めてメキシコに行った時、司厨長がオレに3ドル渡して、バナナを買ってこい、と言った。当時、1ドルは360円ほどだったから、3ドルは1000円ほどかな。今じゃ、日本でも1000円は大金と呼んでもらえなくなったけど、当時は結構な価値があった。3ドルあったら、船全体の人員に食べさせられるバナナが買えるって司厨長は言ったんだ。
 ちょっと待ってよ、司厨長、いくら3ドルが大金だからって、この船に何人乗ってるか知ってるの? これ、ブラジルへ移民運んでるんだよ。バナナを全員に配れるほども買えるはずないじゃん。
 いいから買ってこい、と司厨長。それで市場へ行ったら、買えたんだよ、トラック一杯のバナナが・・・たった3ドルでさ。

 パナマ運河を通って太平洋と大西洋を行ったり来たりして、数年たつと、オレもいっぱしの船乗りになった。ちょいと世間慣れした親爺の仲間入りさ。3ドルでトラックいっぱいのバナナを買った時より、したたかなヤツになっちまった。

 あれは何処の港だったかなぁ。 やっぱりバナナを買いに行った。出来るだけ出航時間に近い時刻を狙ってね。
 それで、バナナ売りに取引を持ちかける。10房のバナナとアメリカ製タバコを交換しないかって。
 10房って、日本の果物屋で売ってる房を想像しちゃいけないよ。1房は、バナナの木1本分のことだ。
「ウノ・シガレーチョ?」
 バナナ売りは、アメリカ製タバコが高く売れることを知っている。10房のバナナとタバコ1カートンじゃ、美味い儲け話だ、と読んだ訳。
「シ、ウノ・シガレーチョ」
 オレは人の好さそうな笑顔で頷く。バナナ売りは口頭で契約する。オレは言う。
「半時間後に出航だから、大急ぎで積み込んでくれ」
 バナナ売りは10本分のバナナをせっせと船に運び込んだ。
 作業が終わる頃には、早くも時間が迫っていて、船は錨を上げてエンジンの稼働も高まっている。
 オレは甲板からバナナ売りに声をかけた。
「グラシャス、セニョール、ウノ・シガレーチョ」
 オレは、桟橋のバナナ売りに、タバコを投げてやった。20本入りのマルボロの箱、1個。

 怒り心頭のバナナ売りの怒鳴り声は出航の汽笛にかき消され、船は桟橋を離れた。
 あれ以来、オレの船はあの港に寄港していない。

手の中のもの

「これ、さぁ」

 ヒロトが、両手で何かを包み込むような形で、チカさんの前に両腕を伸ばしてきた。

 羽布団工場の午後の休憩時間だった。
ヒロトは17歳、二月前からこの工場でバイトしている。高校には行ってなくて、同じ年頃の仲間と連んで暴走族をやっているのだ。だけど、何を思ったか、ここへ仲間と一緒にやってきて羽根まみれになって働いている。
 少年たちの中では一番の男前。背が高く、喧嘩も強くて、族のリーダー格だ。彼が真面目に働くと、仲間も大人しく仕事している。大人を拒絶している様な仲間たちと違って、ヒロトはパートの小母さん小父さんたちとも冗談を交わすし、世間話もした。なんで、あんないい子が、族なんかやってるんだろ?と大人たちは不思議がった。

 チカは工場一番の美人だけど、ヒロトよりは10歳も年上。ちゃんと彼氏もいる。だけど、ヒロトは時々彼女に悪戯をしかけてくる。ちょっと気になる存在らしい。
「え? なに? なに?」
 差し出された手を、チカは覗き込んだ。ヒロトが、そっと手を開いた。
 真っ白な物が、ポワ〜ンと飛び出した。

「きゃ〜〜〜〜!」

 チカが悲鳴を上げて、跳び下がった。 ヒロトは「あはは」と笑いながら、手の中の物を床に払い落とした。
 柔らかな羽根がふわふわと舞った。
 布団に詰め込まれる純白のダウンが、彼の手の中で圧縮されていた。それが、手を開いたので、空気を吸い込んでふくらんだだけだった。チカは、見慣れたはずの商売物が、何か別の生き物に見えたのだ。

 知っていると思いこんでいたものが、ちょっとしたことで違う物に見える。錯覚なのか、それが真の姿なのか、それは見る人自身が決めること。

 少年たちは、やがて一人が無断で辞めたのをきっかけに順番にいなくなって行った。ヒロトは最後まで残ったけれど、やはり無断欠勤が増えて、お盆明けにはとうとう来なくなった。

 一度だけ、「なんで、あの連中と連んでるの?」とヒロトに訊いてみた。
 彼はこう答えた。

「見ててやらなきゃいけないんだよ」

異能者の品格

「あら、下ろしたばかりの給料が無いわ!」
ナカムラさんが喚きだした。スーパーマーケットの従業員ロッカールーム。私が帰り支度をしていると、休憩に入ってきたナカムラさんがタバコを出そうとして鞄を探り、お昼に下ろしたばかりの給料が袋ごと無くなっていると言い出したのだ。
「勘違いじゃないの?」
ナカムラさんといつも連んでいるオー田さんが声をかけると、ナカムラさんは力一杯首を振った。
「いいえ、確かに下ろして鞄に入れたわ。そうよね、貴女、見てたでしょ?」
詰問口調で話しかけられたのは、ATMのそばにあるベーカリーのレジ係ヨー子ちゃんだ。お店では明るいはきはきした店員さんだが、ロッカールームでは年配のおばさんたちに押され気味。この時もビクッとしてすぐに答えなかった。するとナカムラさん、グイッとヨー子ちゃんを睨み付けた。
「どうしてすぐに御返事しないの?見たの、見なかったの? 変ね・・・貴女・・・」
ヨー子ちゃんは窃盗の嫌疑をかけられそうになっていることに気づいたのか、青ざめた。口をぱくぱくさせて何か言いかけた。

私の脳裏に、ある光景が浮かんだ。ナカムラさんが男にお金を渡している。男は身なりは良いが、どこか生活が荒れている感じ。ナカムラさんはぺこぺこしていた。場所は店のトイレの通路。周囲に誰もいない。
はっきり見えると言うことは、過去に実際にあったこと・・・。

次にナカムラさんが誰かのロッカーにATMのお金の封筒を入れるところが見えた。袋は空っぽの様だ。ロッカーはナカムラさんのものではない。なんとなくぼやけて見えるのは、これから起きること・・・。

その時、入り口で声がした。
「ナカムラさん、お金を下ろした後で、すぐに若い男の人にあげていたじゃない。あれ、息子さん?」
みんなが振り返ると、部屋の入り口に精肉コーナーの係をしているユウナさんが立っていた。
ナカムラさんの顔が真っ赤になった。
「なに、それ?」
「トイレの前で見たのよ。背が高い痩せた男の人・・・全部お金あげちゃったの?」
ユウナさんはまっすぐナカムラさんを見ている。ナカムラさんは目をそらせた。
「・・・う・・・思い出したわ・・・そう・・・親戚の息子よ。あげたんじゃなくて、貸したの。」
そしてどかどかと音をたてて出て行った。
私はヨー子ちゃんがホッとしているのを見て安堵した。

ユウナさんは、私のヴィジョンにはいなかった。ユウナさんはあそこでナカムラさんを見た訳じゃない。私と同じように見えたんだろうか。
私はタイムカードを押すと、ユウナさんが着替えて出てくるのを待った。
「ユウナさん、さっきの男の人の話・・・」
私が話しかけると、ユウナさんは「ああ・・・」と気のない声で応じた。
「多分、消費者金融の取り立て屋ね。」
「ナカムラさん、借金してるの?」
「さぁね・・・そこまで、貴女は見ていないでしょう?」
「え?」
「私は他人の過去なんて見えないのよ。貴女が見たから私にも見えただけ。」
私はびっくりしてユウナさんを見つめた。どこにでもいる平凡なパートの小母さんが私の頭の中の風景を見た??!!
もしかして、同類? ずっと探し求めていた私を理解してくれる人?
私の大いなる期待をユウナさんははね除けた。
「私は同好会なんて好きじゃないの。それに無防備に情報を放出する人と一緒にいるのは疲れるわ。セイブすることを早く学んでね。貴女の為でもあるから。」

次の日、ユウナさんは辞めてしまった。どこに行ったのか、誰にも教えずに引っ越して行ったそうだ。

2008年5月11日日曜日

ユウナさん

 ユウナさんは、僕が契約社員として就職したスーパーで商品管理をしているパートの小母さんさんだった。年齢は僕の母より若いけど、なんだかとっても年寄りみたいな落ち着き過ぎた雰囲気の女性だったんだ。
 ちょっと変わった人だった。独りで商品を陳列棚に並べながら、誰かと会話していた。品物の向きだとか、明日の予定だとか、兎に角空気相手にぶつぶつと。
 他の従業員は黙っていたけど、きっと薄気味悪かったんだろう。あまり親しい人はいなかった様だ。でも、休憩時間なんかに、普通の会話をみんなとしていたから、世間ずれしている訳でもなさそうだったし、精神状態がどうか、なんてこともなさそうだった。
 ユウナさんは、万引きを捕まえるのが得意だった。中学生や主婦なんてのが犯人なんだけど、ユウナさんはまるで彼等が犯罪を犯すことを知っていたみたいに現行犯で捕まえた。一月に4人も捕まえたこともある。
 流石に店長も表彰式の時に、「逆恨みされないように」と心配していたが、それがある日現実になった。

 僕は自転車置き場でユウナさんが5,6人の中学生に囲まれているのを目撃した。前の週にユウナさんに捕まった少年がリーダー格のグループで、この界隈では結構ワルで通っていた連中だ。
 僕は声をかけるべきだった。一応大人なんだし、声をかければ彼等は逃げたかも知れない。だけど、体格の良い彼等に僕はびびってしまい、店に戻って助けを呼ぼうか、ここで叫ぼうか、と迷ってしまった。早くしないとユウナさんが殴られる。中学生たちがユウナさんに手を上げた時だ。
 いきなり、彼等が後方へすっ飛んだ。漫画で主人公が複数の敵をぶっ飛ばすシーンがあるだろ?あんな感じだった。
 彼等はコンクリートの地面に尻餅を突いて、暫く呆然としていた。僕も何が起きたのかわからなかった。それから、少年たちは急に喚きながら立ち上がり、転がるように逃げて行った。誰かが、「鬼婆!」と叫んでいた。
 僕が立ち尽くしていると、ユウナさんがそばに来た。ちょっと恐い顔で尋ねた。
「見たの?」
「え?」
「さっきの、見た?」
「ええ・・・先週の万引き少年どもですよね?」
 僕のとんちんかんな返答に、ユウナさんは、ニコッと笑った。そして黙って店に戻って行った。

 次の日、ユウナさんは僕に朝の挨拶をした後で囁いた。
「おめでとう、正社員採用よ。」
 僕は何のことかわからなかったが、夕方、店長から同じことを聞かされた。
「来月から正社員だ。辞令は月初めの朝礼で与えるから、それまでは黙っていてくれ。ひょっとすると、本店勤務になるかも知れない。」
 僕はそれをユウナさんだけに伝えた。彼女が店長から聞かされていたのだと思ったから。ユウナさんは僕に尋ねた。
「本店に行きたい?」
「そりゃ・・・僕だってそれなりに野心はあるから。」
「じゃぁ、行かせてあげる。口止め料にね。」

 僕は正社員になり、本店に転勤になった。それ以来ユウナさんには会っていない。一度営業の合間に元の店に立ち寄ったら、もう彼女は退職してしまっていた。
 だから、今でもわからない。口止め料の意味が。

 家の前に大きな穴があった。 住宅地が取り壊されて、工事で開けられたらしい。結構深くて、台風の後、水が溜まって池みたいになった。
 近所のお兄ちゃんたちが、廃材の板を浮かべて筏遊びをしていた。
 黄色に濁った水に廃材の筏。竹竿で漕ぐお兄ちゃん。
 大人たちが眺めていた。
 何かあればすぐ助けに行けるように見ていたのだろうか。

 穴はやがて埋められて、そこは長い間空き地になっていた。
 お兄ちゃんは大きくなって、遠くの学校へ行って、船乗りさんになった。
 アフリカへ行ったんだって。
 お土産にワニの剥製をもらったけど、あんなの、気味が悪くて、とおばちゃんが笑ってた。

 お兄ちゃんは、子供の頃の冒険心を実現させたんだろうな、きっと。

息子と親たち

 父は死にかけていた。末期ガンで、あと数日ももたないと、誰の目にも明らかだった。
看護していた母の疲労が酷くならないうちに父は逝こうとしていた。
「お祖父さんの一周忌までもたないね」
と母が呟いた。
祖父は11ヶ月前に亡くなった。90歳だった。長く寝たきりで母が介護していた。父は自分がガンに罹っていると知った時、祖父の耳元で囁いた。
「俺はガンだそうだ。あまりもたない。うちのヤツ一人に親父の面倒を見させるのは酷だ。親父もそろそろ切りをつけろよ。」
それから一週間後に、祖父は老齢による大往生を遂げた。

 父は祖父一人の手で育てられた。父を産んだ女性は、父がまだ乳飲み子だった頃に別の男と出奔して、それ以来父は一度も彼女に会ったことがなかった。だが、父が40歳を越えた頃、やっとマイホームを建てた直後に一度だけ、彼女は我が家に電話をしてきたことがあった。父が勤めに出ている真っ昼間で、母が電話を取った。
彼女が名乗った時、母はこう言ったそうだ。
「お声が妹さんにそっくりですね」
父は母方の叔母とは付き合いがあったのだ。彼女は、きっとその叔母に電話番号を聞いたのだろう。息子が自分の家を持ったと。
「姉妹ですから」
と彼女は笑ったそうだ。何の用か、といぶかしがる母に、
「元気かな、と思ってかけてみただけです。」
と言って切った。それきりだったが、母からその話しを聞いた父は、一言「親父の耳には入れるな」と言った。

 祖父の死から一年もたたぬうちに死の床についた父は、母に自分の母親を残して逝くことが心配だと告げた。彼女が遠く離れた土地の老人ホームに入っていることは、叔母から聞いて知っていた。
母は施設がなんとかするだろう、と言った。実はその頃、施設から自宅に何度か電話がかかってきていた。彼女が危篤状態なので身内に来て欲しいと言うのだった。母は「主人も死にかけています。誰もそちらへは行けません」と断っていた。
 最後の夜、父は呟いた。
「お袋を一人にしていけない」
70歳の父はそう言い残して、旅立った。

翌日施設から電話があった。彼女が亡くなったと言う連絡だった。
「故人が200万円ほど残していますが、どうされますか?」
問われて母は即答した。
「主人も子供たちも会ったことのない人の遺産を戴く意志はありません。葬儀などでお金が入り用でしょう。どうぞそちらで全額お使いください。」
施設は「寄付として使わせて頂きます。ありがとうございます。」と言った。

「お父さんは年寄りを全部連れて行ってくれたね」
「お母さんに、これから楽をしなさい、ってことだよ」

子供たちに励まされて、母は、仏壇の遺影に囁いた。

「自由をありがとう。でも、もうちょっといてくれたら良かったのに。」

スピン・オフ

 今度のドラマ企画、”ある晴れた日”のスピン・オフにしようと思うんです。”ある晴れた日”はなかなか好評でしてね、登場人物たちは主人公以外もそれぞれ個性的でファンが付いたんですよ。 
 このままじゃ、もったいないですから。
 新しい主人公は、”ある晴れた日”の主人公の生き別れた双子の妹の予定です。
 え、同じ女優じゃ、スピン・オフの意味がない? 杉田聖子の二役じゃないかって?
 違いますよ。 よく似た女性を見つけたんです。 ええ、まだ出演交渉してませんけどね、演(や)れそうですよ。
ちょっとこっちの方は下品な感じなんです。生き別れの方はスラムで苦労して育ったと言う設定で・・・それで、見つけた彼女もその、なんと言うか、下品なイメージが魅力的でしてね・・・
 あ、ちょっと待ってください、今、交渉に行ってるスタッフから連絡が入りました・・・





 すみません、プロデューサー
彼女は駄目でした。
杉田聖子がすっぴんで歩いてたんです・・・もしもし??

考古学者??

「先生、昨日亡くなったドンブリ島文化研究の権威バカヤマ先生の遺品なんですが・・・」

「ん? どうしたんだね?」

「ドンブリ島人の若者が自分の物だから返して欲しいと言うのです。」

「バカヤマ先生のコレクションは全て遺跡から収集した物だろ。 個人の持ち物はないよ。」

「それが、彼が言うのは、あれは遺跡ではなくて、今でも使っている現役の墓所だそうです。」

「なんだって? あんなに荒廃していてジャングルに呑み込まれかかっていると言うのに?」

「ジャングルなので、草刈りをしても一月でああなっちゃうんだそうです。 それに、ほんの二月前に葬った彼のお祖父さんの骨も無くなっているそうです。」

「そうか・・・その若者にバカヤマ先生の遺品を見てもらって、該当する物を返還する手続きをしてあげなさい。 もし貸してもらえる物があれば、研究用にお借りするように。」

「わかりました」

「あ、それから・・・そこのロッカーに入れてある骨格サンプルも返してあげてくれ。多分、彼のお祖父さんだ。」

ノック

 ドンドンっと乱暴にドアを叩く音がした。
 こんな夜更けに誰だ。 室内の仲間と顔を見合わせた。

「どなたです?」

 声をかけると、外にいる者が返答した。

「寒いんです。寒いんです。入れてください。」

 外は木枯らしが吹いていた。山奥の小屋だ。強盗未遂で逃亡している人間が隠れているところに助けを求めて来たヤツがいる。
 仲間が目配せした。
 入れてやれ。うまくやり過ごせば、きっと通報することもないだろう。

 ドアを開いた。ザッと風が吹きこんだが、外には誰もいなかった。

「なんだ?」

とつぶやいたら、すぐ後ろで・・・ほんとに耳元で・・・声が囁いた。

「寒いんです。寒いんです。戸を閉めてもらえますか。」

海岸通りの家

 念願の海のそばの家を手に入れた。寝室が二つだけ、リビングとダイニングとキッチンとバスルーム、それにユーティリティーだけの小さな家だったけれど、一人暮らしなんだから、十分広かった。住所は海岸通り4丁目13番地。ちょっとかっこいいじゃない?
 それに、なんてったって、すごく安かったんだもの。
 引っ越しの時、運送屋さんは、荷物を置くと、逃げるように帰って行った。コーヒーでも入れようと思ったのに。
 近所の人は何かこそこそ井戸端会議。挨拶すると笑顔で返事してくれたけど、ちょっとよそよそしい。何だろ?

 夕陽が素晴らしい。寝室の一つを書斎にして、仕事の合間に海を眺めて休憩する。太陽が水平線に沈んでいくのを見ながらコーヒーを飲むなんて、最高の贅沢だ。
「こんな風景を私たちだけで楽しむなんて、もったいない気がしない?」
と呟いて振り返ると、彼女がそこにいて、にっこり笑って応えた。
 彼女はこの部屋の住人だ。晴れた日の夕方だけ現れる。首から上だけのロングヘアの若い女性。きっと夕陽が好きで好きでここに居着いたのだろう。

 ダイニングで料理をしていると、子供たちが走り回っている。「子供たち」と言っても、見えないから、そう呼ぶだけ。2人だか3人だか、パタパタと足音がする。カップにミルクを入れてテーブルに置くと静かになる。喉を潤すと、次の日まで静かにしている。

 庭には麦わら帽子を被った男の人がいる。フェンスのペンキを塗り直していると、そばに立ってじっと見ていた。
「この色、気に入ってくれるといいのですが」
と言ったら、うんうんと頷いて消えた。外装に手を加えると、いつも見にやってくる。だから、センスの良い色を選ぼうと努力している。

 リビングには読書が好きな女の人がいて、ソファに座って本を読んでいる。本のページはちっとも進まないが、私がテレビを見ていると、一緒に見て、笑っている。

 海岸通りの家は、素晴らしい。一人暮らしだが、ちっとも退屈しない。

#1348

からくり人形

 暗い玄関に入って、「ごめんください」と言う。

 カタカタ・・・と音がして、廊下の奥からからくり人形が茶碗を載せたお盆を運んでくる。

 目の前でピタっと停まったので、茶碗を受け取って、一口飲んで、返す。

 からくり人形は回れ右して、カタカタ・・・と音をたてて去って行きかける。

「すごいよね、あんな物を昔の人が発明したなんて」

と呟くと、人形が振り返って、ニタッと笑った。



#1364

雨宿り

 突然の夕立に慌てて道端にあった古いお堂に駆け寄った。豪雨だ。道の向こうが見えないくらい。軒下にいても忽ち濡れてしまう。第一屋根が古くて庇が短いので、あまり役に立たない。無いよりましか、と思っていたら、お堂の中で声がした。
「中に入りなさいな」
 男の声だと思った。分厚い木製の扉を開けると、狭い空間に数人の男女がいて、びっくりした。 みんな濡れていた。
 外にいては濡れるばかりなので、中に入り、扉を閉めると、案の定真っ暗。
 湿気た、妙な生臭い匂いが充満していた。体育の授業の後のロッカールームみたいだ。
「いやぁ、酷い雨だわ」
「また洪水にならなきゃいいけど」
「山向こうまで帰らなきゃならないんだけどね」
「それは、峠道が心配だね」
「家が流されないか、不安だわ」
 みんな勝手に喋っている。
「これは大丈夫ですよ、ただの通り雨です。直に止みます。一時間もすれば・・・」
と言ったら、一瞬静かになった。
 え? なに? この沈黙? 雨が止むといけないの?
 すると誰かが尋ねた。
「一時間って、どのくらい?」
「え?」
 一時間・・・どのくらいなんだろう?そうか、時計見えないもんね、この暗さじゃ。こんな時、どうやって表現すればいいのだろう? 一時間って、どうやって測るの?
生憎時計はアナログで暗がりでは見えない。携帯電話も持っていない。
「そうですね、日が暮れる迄には止みます」
としか言えなかった。
「え、そんなにかかるの?」
と誰か女性の声。
「歳取っちゃうわ。」
 ドッと笑う人。
 それからちょっと最近の洪水の話が出て時間がつぶれた。みんな苦労していたんだな、恐怖体験したんだな、と感心した。
「天災は保険が下りないから、困りますね」
と言ったら、「それは何?」と聞かれた。え? 保険知らないの?びっくりした時、最初に「中に入れ」と言ってくれた人の声がした。
「雨が止みましたよ」

 扉を開くと、夕陽がさぁっと差し込んで、眩しくて目を細めた。山の上には虹が見えた。
「ほら、止んだでしょう」
 振り返ると、お堂の中には人は誰もおらず、タヌキとキツネと野ウサギと蛙とリスとネズミがぞろぞろ出てきて、それぞれ別の方向に走り去って行った。
 後には、お地蔵さんが座っていなさるだけだった。

アイドルがやってくる

 サッケ・アホネンはアホだ。「アホ」はフィンランド語で「林間の空き地」の意味だが、この場合は日本語の意味だと思ってもらって結構。
 アホネンは冗談を言っても面白くないし、歌を歌っても下手くそで誰も感動しない。仕事もそんなに出来ないのだが、当人は全てにおいて自分は天才だと思いこんでいる。
 だから、友人のプラツキンが、
「”アイドルがやってくる”に出演してみたら?」
とからかった時、本気になってこの人気ある視聴者参加番組に応募してしまった。

 アホネンがスタジオに入ると、片側に小さなステージがあり、反対側の机の向こうに審査員が座っていた。
 有名女性歌手と大学の哲学の教授と放送局の倫理委員会の役員だ。彼等は審査が厳しいことで知られていた。
 歌手は、歌の上手い下手の他に出場者の”華”を見る。他人の注意を惹き付けられるか否かを見ているのだ。
 哲学者はユーモアの程度を見極めようとする。この男は滅多に笑わないことで有名だった。
 役員は出場者が放送倫理規定に違反しないかを調べる。差別ネタなど、もってのほかだ。
 黒い革ジャンでめかしこんだアホネンは、ステージに立ち、やがてお得意の歌を披露し始めた。
「ずんずずずんずん、ずんずずずん・・・」
 自分の口で前奏曲を演じ、彼は表情一つ変えぬまま、歌詞を歌い始めた。

 物凄い調子っぱずれの「ロッキーのテーマ」に、プラツキンはテレビの前で仰け反った。一緒にテレビを見ていた他の友人たちも数メートル引いている。
アホネンが音痴なのはみんな知っていた。知らなかったのは、本当に彼がテレビに出演したことだ。
 これは、友人たちにとっては、衝撃的事実以外の何者でもなかった。

 スタジオでも、審査員たちが唖然としてアホネンを見つめていた。 長いことこの番組の審査員を務めているが、こんな下手くそは見たことがない。しかも、面白くもなんともない。

 歌い終わったアホネンがコメントを求めて彼等を見たとき、何か言わなければと思った歌手が尋ねた。
「いつも、あんな風に歌うんですか?」
「勿論です」
 アホネンは自慢げに答えた。
「友人たちは感動で言葉を失うんですよ。自分で言うのもなんですが、僕は天才的な歌手になれると思います。」
 
 突然、ひきつった様な笑い声がスタジオ内で起こった。笑わない哲学者が頭を抱えて笑っていたのだ。
 役員は横を向いて必死で何かを耐えている様子だった。

 こうして、一人の人間の伝説が誕生した。

迷子

ピンポンパンポ〜ン♪

「ご来店中のお客様にお願い申し上げます。大泉純一郎ちゃんとおっしゃる3歳の男の子が迷子になっておられます。純一郎ちゃんは黄色いTシャツにグリーンの半ズボン、Tシャツには猫の模様が・・・」

店内放送を耳にした咲子は、ふと胸騒ぎを覚えた。その格好の子供だったらさっき見かけたような・・・。素早く周囲に目をやってみたが見あたらなかった。スーパーマーケットとは言え、この地方都市ではデパート並の規模を誇る大型店舗だ。客数は市内一だし、土日には必ず二人や三人、迷子が出る。今日は平日で空いていると言っても、子供にすれば自動車の心配が要らない広い遊び場だ。親が買い物をしている隙に走り回ってはぐれてしまったのだろう。

 でも、この胸騒ぎはなに?

 咲子が不安に襲われた時、咳払いが聞こえた。彼女は我に返った。彼女はレジ打ちの最中だったのだ。慌てて仕事に気持ちを切り替えた。
 客に釣り銭を手渡した時、視野の隅に黄色いTシャツが見えた。
「あら?」
 3歳くらいの男の子が男性に手を引かれて出口の方へ歩いて行くところだった。グリーンの半ズボン・・・。
 あれは父親かしら? でも、放送では「お母様が待っておられます」と言っていた。平日の昼間に家族で買い物? では、母親は? 
 イヤな気分が押し寄せてきた。どうしよう・・・追いかけて声をかけるべきか? それとも・・・。持ち場を無断で離れられないし、子供はもう外に出かけている。

 その時、商品管理係のユウナさんがバスケットを片づけにやってきた。咲子は急いで声をかけた。
「ユウナさん、あれ、あの子・・・」
 ユウナさんは咲子が指さした方向を見た。そして、咲子が言いたいことを瞬時に理解したみたいだった。
「迷子ちゃんね。」
 ユウナさんは一言そう言って、男の子と男性の後を追いかけて走っていった。

「咲子さんが見つけたんですよ。」
とユウナさんは店長に言った。
「子供と男の人が不自然だって思ったんですって。でもレジから離れられないでしょう? だから、私、頼まれて確認に行ったんです。声をかけたら、男の人、慌てちゃって、子供を家に届けるところだったとか言い訳して走って逃げてしまいました。危なかったです、最近誘拐が多いですからね。咲子さんが気づかなかったら、大変なことになったかも知れません。」
 咲子は気恥ずかしくて赤くなって黙っていた。ユウナさんは頼まれて行動したんじゃない。ユウナさんもおかしいと気づいたんだ。だから、お手柄はユウナさんで、私じゃない・・・。
 ユウナさんと目が合った時、ニコッと笑ったので、咲子は何も言えなくなってしまった。
「だって、本当に咲子さんが先に気づいたんだもの。」
とユウナさんは言った。

 数日後、咲子は店の外を掃除していて、ユウナさんが知らない男と駐車場の端で向き合っているのを見つけた。何をしているのだろう、と不安になって近づくと、ユウナさんが男の顔の前に手をかざして声を出した。
「忘れるのよ。病気だったんだから。もう二度とあんなことはしないはず。」
男は頷いてくるりと回れ右すると駐車場から出て行った。
咲子はなんだかわからなくて、ユウナさんに声をかけた。
「何していたの?」
ユウナさんはちらっと咲子を見て答えた。
「ちょっとね。」
「知り合い?」
「そうでもないけど。もう会わないだろうし。」
時計を見て、ユウナさんはお弁当の時間だ、と言ってお店に戻って行った。

2008年5月10日土曜日

記憶

 タローが目覚めた時、両親は大喜びした。もう永遠に眠ったままかも知れないと、医師から言い渡されていたからだ。 だから、タローに事故に遭う前の記憶が一切ないことが判明しても、そんなに哀しまなかった。息子が生きていることだけで、嬉しかったのだ。
 タローは肉体的にはすっかり治ったので、退院して帰宅した。家の中は全く未知の世界で、勝手がわからずに戸惑った。しかし、何をどうするのか、体は、あるいは脳のどこかが覚えているのだろう、すぐに普通の生活に戻っていった。
医師は、仕事も以前と同じようにしてみるようにと勧めた。職場の人々も彼を温かく迎えてくれた。
タローは過去には固執しないようにと自分に言い聞かせ、新しい生活に馴染んでいくのだった。

「患者309985は、順調に元の生活に戻りつつあるようだね。」
「はい、鬱状態も緩和され、明るさも取り戻したようです。」
「過去は忘れて、新しい生活を始めると言うのが、効果的だったようだな。」
「そうですね。戦争で息子を亡くした親が鬱になって国全体の活気がなくなっていく傾向が出ていますから、アンドロイドの息子を与えて、息子の戦死と言う過去を消し去る治療法は有効のようです。」

2008年5月6日火曜日

湯原ダム

三朝温泉に行く途中、岡山県真庭市を通った。

いろいろな橋や中国電力の発電所などが道のそばに見えた。
真庭市の町並み保存地区では、旭川の高瀬舟発着所が遺構として保存されている。
川沿いの建物群は、かつての船宿の様だ。
煙突が立っている建物は現在レストランで、「寅さん」の最後のロケ地である。



湯原ダムに行ってみた。
国道から上がる山道は急で狭い。
特に、隧道が二つあるのだが、長い方は照明が天井に設置されているにも関わらず、全く機能しておらず、侵入した途端に真っ暗な闇に包まれる。
しかも、内部でカーブしているので、危険極まりない。出入り口双方に電光表示板があって、対向車の接近を知らせてくれるが、見落とすと大惨事になるだろう。
短い方は、反対側が見えているので危険度は少ない。
どちらも幅員が狭く対向車との離合は不可能。

湯原ダム。
堰堤の上を自動車でも徒歩でも自由に通行できる。
「テロ警戒地区」とかなんとか看板が立ててあるが、これでは役に立たないだろう。
堰堤の遙か下には、温泉街が谷間に見えている。




湖の周囲には周回道路がある様だ。
奥の方で釣りをしている人もいたが、堰堤だけ見て引き返した。




湯原ダムの水門を開ける装置?